New Romantics 第一部あなた 第ニ章3

小説 あなた

 春の花がたけなわの時に盛んに宴が開催される。一番大きなものは大王が主催する宴だが、貴族たちも小さいながら王族を招待するものから親族や友人を呼ぶ小さな宴を開催している。庭の景色を楽しむだけではなく、音楽や舞の余興をしたいというところがあって、その時若い実津瀬に声が掛かる。そうでなくても、父の実言が自邸で宴を行う場合には、必ずいくつかの舞を舞うことになるし、岩城本家で宴が行われる場合も実津瀬は舞を頼まれる。
 今日も、塾が終わると稲生と鷹野と共に岩城本家に向かった。本家は庭の桜の満開に合わせて宴を開く予定で、実津瀬は父親の推薦で舞を舞うことになっている。その打ち合わせだ。
「さすがだな、実津瀬は。お前の舞を本当に皆が称賛しているよ」
 稲生は肩を並べて歩く実津瀬に向かって言った。
「稲生も舞や音楽を学べばいい。そうすれば私が本家の宴に借り出されなくてもいいのに」
「そんなことを言うなよ。向き不向きというものがあるじゃないか。私も鷹野もそっちの方面は全く不得手で努力のし甲斐もないのだから」
 稲生は両手を空に向けて広げて、どうしようもないという態度だ。
 実津瀬は人知れずため息をついた。他人事のようなことを言って、こちらは体がいくつあっても足りないくらい忙しいのに。
「そんなに怖い顔をしなくてもいいじゃないか。お爺様は本当に実津瀬のことを褒めている。孫の中で一番有望と思っていらっしゃるよ」
 そんなことを鷹野の口から聞かされても今の実津瀬は嬉しさなどない。
「そう言えば、稲生は早良家の女の子とはどうなっているの?」
 実津瀬は何気ない様子で尋ねた。
 稲生は目玉が飛び出そうなほどの驚きの表情になって、後ろを歩く弟の鷹野を振り向いた。
「稲生の恋がうまくいけば、我々も大いに参考にできると言うものだ。興味が湧くのも自然というものだよ。それで、どうなの?」
「……それは……順調さ。絢も…絢は、私のことを好きだと言ってくれた」
「それは、嬉しいことじゃないの。今度会わせておくれよ。男ばかりのところに来るのは気恥ずかしいだろうから、蓮や藍も一緒に。もし、あちらに連れて来たい兄弟でもいれば一緒に連れて、野掛けにでも行こう。季節も丁度いい」
 実津瀬が言うと、鷹野もそうだというように首を縦に振っている。その様子をまんざらでもなさそうに稲生が見て、顎をかきながら。
「そうか…それもいいかもしれないな」
 とつぶやいた。
 本家に着くと、祖父の園栄が待っていた。
「実津瀬、久しぶりだね」
 園栄は多くの孫に恵まれたが、今がこれからという年ごろの稲生、実津瀬が今はかわいくて仕方なかった。離れて暮らしている実津瀬とは会う機会も限られているため、久しぶりの再会に相好を崩して部屋に迎え入れた。
「お爺様、お久しぶりです」
「実言には よく会うのだけど、実津瀬や蓮、珊、宗清には当分会っていない。あの子たちもここに来ればいいのだけど、うちは遠いものかね」
「ああ、そのようなことは言わないで。私が舞う宴には妹弟たちを招待いただけるので、お爺様に皆を合わせることができます。皆、お爺様に会うことを楽しみにしていますので」
「そう?半年も会わなければ、随分と大きくなっただろうね」
 目を細めて随分会っていない孫たちに思いをはせた。
 それから、本家の舎人が二人ほど園栄の部屋に来て、宴の進行と実津瀬が舞う演目について実津瀬と打ち合わせをした。親族の中には実津瀬の舞が好きな者がいて、その中でも好みの舞があるらしく、あれを舞え、これを舞えと言ってくる者が少なからずいるのだ。稲生と鷹野も傍で聞いていたが、自分達が何かするわけではないから、そのうち欠伸が出て、居眠りしそうになっていた。
 内輪の集まりだから、そんなに緊張することもないと園栄は言って、皆が言うものを次々舞うのもいいものだ、と言ったりした。実津瀬はそんなことはできません、と慌てて言った。
「その若さで皆が楽しみにするような舞を踊れるのだから、お前の才能と努力の賜物だろうよ。それを使わないものがあるものか」
 と叱咤した。
 久しぶりに実津瀬に会ったので、祖父の園栄は宴の打ち合わせが終わっても、実津瀬を前に座らせて話をした。今の一族のことと、政情についてだ。
「お前も階位を受けて出仕してもいい年になったのだから、このことは知っておかなくてはいけない。どれだけの権力を持っていても、その上に胡坐をかいてはいけない。一族が盤石でなくてはいけない。巨大になったものが崩れていくのは外側からではない。それは、いつも内側からだ。我々身内の中から崩れて行くものだよ。だから、結束を忘れてはならないのだ」
 こんこんと語られる祖父の教えを実津瀬は首を縦に振って聞いていた。静かに熱心に聞いている実津瀬に祖父は満足したのか、最後は笑顔で実津瀬の肩に手を載せて言った。
「お前は、我が一族の次の世代を担う人物になる者だ。嫌がらずに聞いてくれて嬉しかったよ。これからも耳の痛いことを言うかもしれないが、許しておくれ。我が一族の永劫の繁栄には内側を強固にする必要があるのだ。そのためには、大切なことは何度でも言う」
 実津瀬は顔を引き締めて頷いた。
「稲生、鷹野、お前たちにはいつも言っていることだから、わかっているだろうね」
 半分眠りこけていた稲生と鷹野の二人は急に名前を呼ばれて、急いで背筋を伸ばして高速で頷いた。
 そんな孫たちを園栄は目を細めて苦笑した。
「お前たちは暇を持て余しているのだろから、私の頼みをきいておくれ」
 園栄はそう言って奥へと引っ込んで長細い箱を手にして戻って来た。
 

 祖父から都の東の外れに居を構えている古い友人への贈り物を届けると言う役目をもらった三人は縦に並び、横に並びと歩く形を変えて、祖父の友人の邸へ四条通を東へだらだらと歩いていた。年下の鷹野が祖父から渡された箱を背に担がされている。
「実津瀬は初めて聞く話だから、あんなに神妙な顔をして聞けるのだよ。我々は二日に一回の割合で聞いている話だからね。欠伸も出てしまうというものだ」
 稲生と鷹野は大げさに愚痴を言った。
 祖父は病気をして政の一線からは退いている。邸から出ることはほとんどなくなってしまった。それでも、岩城本家にはいろんな人が来るから、人にはよく会っている。そして、こうやって人を使って届け物をしてやり取りをしているから、まだまだ祖父は隠居をした身とは言い難かった。
「ところで、稲生の好きな、その絢という子はいくつなの?」
 実津瀬は不意に尋ねた。
「我々より一つ下だよ。鷹野と同じ年」
「稲生はね、柄にもなく歌を贈ったりしているのだよ。その子に」
 からかうように後ろから鷹野が言った。
 稲生は振り返って、弟を睨んだ。
「いいじゃないの。歌の交換をしたりするの?私は舞や笛はできても、歌は苦手だ」
「舞や笛ができる方がいい。懐から笛を出して、一節吹けばきっと感激してくれるだろうよ」
 後ろで鷹野も頷いた。
「なら、今からでも遅くない、一緒に習おう」
 実津瀬がそう言うと、二人とも苦笑いをしてうんとは言わない。
 そう言えば、雪に笛の音を聴かせたことはなかった、と気づいた。舞のことばかり話しているけど、今度笛の音を聴かせてみよう。なんと言ってくれるだろうか。
 三人はあれやこれやと話をしながら、都の東にある邸に向かって歩いた。実津瀬は初めて行く場所で、先導をする稲生に角を曲がるの、真っすぐ行くのと従った。
 そこに、向こうから歩いて来る二人組が見えた。前を歩く男と、その陰に見え隠れしているが女だった。
 これまでの道すがらも人とすれ違ったり追い越したりしてきたが、実津瀬がその二人に目が留まったのは、後ろの女が雪に見えたからだ。化粧もしておらず、髪も二つに分けたものを肩から垂らしているだけ。衣装も着古して色あせた背子に裳である。宮廷の庭の中で密かに逢引きしているときの姿とは大きく違うのだが、実津瀬にはそれが雪であるとわかった。
 すると、隣で稲生が小さな声を上げた。それに反応して鷹野もはっとした顔で二人組を見つめた。
 二人の反応に、雪のことは誰にも話していない秘密であるのに、何か感づいているのかと驚いた。
 三人はこちらには脇目を振らず歩く二人の姿を見つめた。二人は縦に連なって、実津瀬たちが進む先にある角を曲がって姿を見えなくした。
 そこで実津瀬は声を出した。
「なんだ?あの二人に何かあるのか?」
 稲生に問いかけると、稲生は実津瀬に向いて言った。
「男を少し知っている。と、言ってもいい人ではないよ。お爺様が注意すべき人物として教えてくれたのだ。ついこの間ね。うちにはいろんな人が来る。いい人ばかりではなく、危険な人物もお爺様は招くからね。帰って行く人をお爺様は私たちに見せて、誰が味方で誰が危険かを教えてくれるのさ。我々に近づいてくる人物はいろいろな思いを持っているから、気を付けるようにと口を酸っぱくして言われているよ。今日の実津瀬の比じゃないからね」
「あの男は何だと言うの?危険とはどういう?」
「どうも、こちらに良い顔をしているが、裏では我々一族を陥れようと企むやつらと手を結んでいるとか言っていた。言ってしまえば、間者だと。だから、心を許してはいけないとね」
「女人も一緒にいたが、それは」
「女は知らないよ。うちに来るのは男ばかりだからさ」
 稲生が言った。
「あの男の愛人じゃないの。ここら辺の隠れ家を訪れるのに一緒に連れ立って来たのかも」
 と後ろから鷹野が言った。
「それか、一味の一人かもしれない。我々のことを探るのには女も必要だろうから。侍女として邸に入ってくることもある。だから、お爺様は女に気をつけろとうるさいよ。自分は若いころは好きに遊んでいたふうなのに」
 兄の稲生が恋をして楽しそうなのに、祖父にずっと横やりを入れられている鷹野はまたも恨み節を呟いている。
「どうした?実津瀬」
 稲生は黙ったままの実津瀬の顔を見て、訊ねた。顔色が真っ白になっているのだ。
「いや、本家ではいろいろと知ることがあるものだと感心したのだ。私は呑気なものだと。あの男の顔をよく覚えておくよ」
「そうだな。我々一族を倒すのなら、実言叔父も標的になるだろうから気をつけなくてはいけない」
 単純なお届けものを頼まれただけの道程だったが、三人は神妙な顔つきになって目指す邸に向かった。祖父の古くからの知り合いに巻物を納めた箱を渡すだけである。もう、病床にあって起き上がれない主人に変わって、孫と思われる青年が応対した。三人は早々に邸を辞して、家路を急いだ。
 本家に向かう道と岩城実言邸に行く分かれ道で、二人と一人に別れた。
 二人になった時に稲生が言った。
「実津瀬はどうしたのだろう?顔色を変えて。あの男のことがよほどびっくりしたのだろうか」
「そうだろうか?逆に、女のことが気になっていたのかもね」
 と鷹野が返した。

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