New Romantics 第ニ部STAY(STAY GOLD) 第九章11

小説 STAY(STAY DOLD)

 三月も半ば、榧の部屋に蓮、芹そして珊が集まった。
 芹は淳奈を連れていて、女性の中に男児一人でちやほやされて、淳奈の機嫌はよかった。
 女人たちが榧の部屋に集まっているのは、今日、榧が大王の御子を産んだ藍の元を訪れることになっているからだ。
これまではそのような役目は蓮が担っていたが、実由羅王子との結婚を機に、榧にも担わせることし、先日、藍が後宮に戻る時に付き添ったので今日も榧が行くことになった。大人しい榧はこのような役目をするのは気が進まないが、実由羅王子の助けになればと思っている。
「藍様によろしくお伝えしてね」
 蓮が言った。
「はい、伝えます」
「王子はどのように成長されているかしら」
 芹が言った。藍が本家で御子を産んだため、芹も本家に行って、御子を見たのだった。
「大きくなっているでしょうね」
 蓮が言った。ひと月経った赤さまはまた大きくなっているだろうと想像した。
「行ってらっしゃい」
 皆が榧を見送った。
 榧は両親の部屋に行って挨拶し、兄の実津瀬に付き添われて王宮へ行き、しばらくの時間、藍の話し相手をして、帰りは従者、侍女と一緒に戻ってくる予定だ。
 しかし、これが、榧と一年以上の別れになることを誰も予想などできなかった。夕方には皆が両親の部屋に揃って夕餉を食べながら藍妃が産んだ王子の話を聞くはずだったのに。
 芹と淳奈は離れの部屋に戻ると。
「お外に行きます」
 淳奈は母にそう断って庇の間をぬけて簀子縁に入った。
「待ちなさい、淳奈」
 芹は呼び止めて自分も簀子縁に出た。
「お母様も一緒に行くわ」
 手を繋いで階を降りると、侍女が沓を持って来た。
 そこへ護衛の天彦が現れた。
 淳奈が庭の奥にある大きな枝を持った木の幹に走って行った。
天彦はこの邸の従者で、芹と淳奈の安全のための見張り役目を担っている。昔、淳奈が塀の外に出てしまった時、攫われそうになっていたところに、見失った息子を追ってきた芹が身を挺して守ったことがあった。そんなことがないようにとそれから天彦を護衛につけているのだが、今は庭の中なので、そこまで警戒しなくても良いだろうと、二人は小さくなっていく淳奈の背中をゆっくりと追った。
淳奈が木の下にたどり着くと、天彦は走って淳奈の元に行き、木に登る手伝いをした。枝は低い位置にあるので、体を持ち上げて座らせてやり後ろから支えてやる。淳奈は嬉しそうに笑顔で母を見つめている。
 母が木の下に来たら、もっと高い枝に登りたいと淳奈はせがんだが、高いところは駄目と言われて、寂しそうに天彦を見る。
「淳奈さま、あと幾日が寝たら登ることができますよ」
 天彦はまだ幼い淳奈にもう少し大きくならないと登れない、と言いたかったのだがそのようなことは淳奈には伝わらないと思いそんな言い方をした。
 寝て起きたらもっと高いところに登って良い、と理解した淳奈は今日のところは諦めて、枝からも下りると言った。
 それから邸の使用人の子供たちと一緒に遊ぶために使用人たちの部屋のある方へ、庭伝いに走って行く。
「芹様、私が追いかけます」
 天彦はそう言って淳奈を追った。
「お願いするわ」
 芹は答えて天彦の背中を見送ってから自分の部屋へと戻っていった。

 翌日、いや、その夜から五条の邸は混乱していた。
 誰も一睡もできなかった。
 それは後宮に行った榧が帰って来ないからだ。
 五条では藍と話が盛り上がって、帰るに帰れないのだろうと思ったが、帰りが遅くなるのはいけないと、使いを出そうとしているところに、榧と一緒に行かせた従者と侍女が帰ってきて、ああ、帰ってきた、と思ったら、肝心の榧がいない。
 従者が言うには後宮の女官から榧はもう五条には戻らないから、付き添いは帰れと言われたそうだ。何が何だかわからず、そうですか、と言って帰られるわけもなく粘って居座っていると、気の毒に思った若い女官が、大王の命令により榧は後宮に留まることになったとそっと教えてくれたという。
 なぜ大王が榧を後宮に留めることにしたのか。全く理解できず、父母の実言、礼はもちろんのこと兄弟たちも心配で眠れなかった。
 朝になると実言は身支度をしてすぐに本家に向かった。そこから後宮を訪ねる予定だ。
 宗清は夜明けと共に馬に跨り、左目浜に向かった。実由羅王子にこのことを知らせるためだ。
 実由羅王子は大王の崩御の前から左目浜の領地から、都の邸に生活の中心を変えていたが、領地には定期的に通っていた。大王崩御で左目浜に帰る予定を伸ばしていたが、三月に入って一旦、左目浜にしばらく行って領地の運営を任せたら、都の邸に榧を迎えて一緒に住むことにしていた。
 榧はもう実由羅王子の妻と言ってよい女人なのだ。その榧が理由もわからず大王によって王宮に留められているのだから、実由羅王子に早くこの事態を伝えなくてはいけない。
 蓮はすぐに手紙を書いて典薬寮に遣いを送った。典薬寮の出仕日は二日後だ。手紙にはその時に合わせて、藍に体調確認をするため面会許可を取り付けて欲しいと書いた。藍のところに榧は行ったのだから、少なからず藍はなぜ榧が後宮に留まることになったのかを知っているはずだ。
 そんな時に、五条に来訪者があった。
 大王、または後宮からの遣いか、と邸は色めきたったが、現れたのは佐保藁の宮からの遣いだった。
 実津瀬は離れの部屋で芹と向かい合って、榧を案じているとき、邸を束ねる舎人の忠道がやって来た。
 血相を変えているように見えたので、実津瀬は喜色を滲ませて尋ねた。
「榧が帰って来たのか?」
 しかし、忠道は体をまっすぐにして首を横に振り言った。
「いいえ違います。今、佐保藁の宮からの遣いが来て、実言様にお会いしたいとおっしゃっています」
 実津瀬は落胆の表情を浮かべた後、驚いて顔を上げた。
「佐保藁から?」
「はい。お部屋にお通ししております」
 実津瀬は振り返る。そこには芹が不安そうに見上げる顔があった。
 佐保藁の宮の遣いと聞いて二人の頭には一人の女人の顔が浮かんだのだ。
「……すぐに行く」
 忠道を部屋から下がらせて、実津瀬は芹の手を取った。
「こんな時に何事だろう?しかし、追い返すわけにも行かない。行ってくるよ」
 実津瀬は言って、遣いを通した部屋に向かった。その部屋の庇の間に入ると、桂お気に入りの従者、太良音が座っていた。実津瀬を見るとすぐに立ち上がり。
「岩城様、突然の訪問、お許しください。また、庭先で取り次いでいただくところ、このようにお邸にあげていただいて申し訳ございません」
 と慇懃に挨拶した。
 太良音が来たとなると、実津瀬は桂について重大なことが起こったように感じた。
 座るように促して、太良音と向かい合った実津瀬は言った。
「桂様に何か?」
「はい、これから私と一緒に佐保藁の宮に来ていただきたいのです」
「これから?」
 急な話で実津瀬の声音は鋭くなった。
「はい、これから」
 そう言った反応は織り込み済みのようで、太良音は落ち着いた声で返事した。
「明日ではいけませんか?」
 実津瀬は静かに返事した。
「はい、今日でなくてはいけません」
「それはなぜでしょう。今日は少し……」
 榧のことで五条の邸は大変な時である。実津瀬は外出したくなかった。
「明日は宮廷から遣いが来ます。桂様に伊佐の返事を聞きに来る遣いが」
 と太良音は言った。
 ああ、あの日から十日が経つのか、と実津瀬は思った。
 桂はどうすることに決めたのだろう。きっと、受けると言うに違うないが、今から自分が桂に会うこととなんの関係があるのだろうか。
「明日、使者に返事をする前に、桂様は岩城様とお話ししたいとおっしゃって、必ず佐保藁にお連れするように言いつかっております」
「私に……」
「はい、どうしてもお話ししたいことがあると。岩城様に来ていただかないと私は帰れません。どうか、お願いします」
 そう言って深々と頭を下げた。
 こんな日に桂からの突然の呼び出しに腹立たしい気持ちだが、王族の中で今、伊佐に行ける女人は桂しかいない。だから、自分が桂のところに行き、話を聞けば明日、桂が気持ちよく伊佐に行くと言うだろうか。
 実津瀬は一向に頭を上げない太良音から視線を前に移して考えた。
 今、実津瀬の心は桂のことなど考えらえる余裕もないが、それでも行って話を聞けばいいだけなら行こう、と決めた。この男の立場もあるだろうし。
 桂は何がなんでも実津瀬を連れて来させるために、太良音を遣わしたのだろうし。
「わかりました。佐保藁に行きます」
 実津瀬の言葉に太良音は顔を上げた。その顔は嬉しそうであった。そして、またすぐに感謝のために頭を垂れた。

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