New Romantics 第ニ部STAY(STAY GOLD) 第八章10

小説 STAY(STAY DOLD)

 陽も翳って、あたりは暗くなり老爺が火を持って灯をつけてまわっていたところについでとばかりに朱鷺世が待機している部屋に入ってきた。
「お待たせしております。そろそろお呼びがかかると思います」
 と言って部屋を出て行った。
 程なくして、風呂に案内してくれた侍女が現れて、案内すると言われた。
 陽も暮れて辺りは夕闇に包まれている。客人も揃ったのかと思い、朱鷺世は立ち上がった。
 侍女の後ろをついて部屋に行くと、そこには桂一人が、料理の載った膳を前に座っていたのだった。
「朱鷺世、よく来てくれた。そこに座っておくれ」
 桂の左側に円座が置かれていて、朱鷺世は静々とその位置に歩いて行った。朱鷺世が座ると同時に隣の部屋から料理の載った膳を持った侍女が現れた。
「新年の宴の舞を見た。良かった」
 桂は言って声高らかに笑った。
「さっ、食事を始めてくれ」
 朱鷺世の前にも桂と同じ膳が置かれると、桂は言った。
 桂の右側には何の用意もされていない。
 他に誰も招いていないのか?
 朱鷺世は訝しみながら、目の前の膳を見た。当たり前だが、自分の朝晩のどの食事よりも豪華である。
 桂は並々と注がれた酒の入った杯を持ち上げて、ゆっくりと飲んだ。
 そんな姿を朱鷺世は盗み見して、今日は何の集まりだろうかと考えた。
「……そう落ち着きのない様子をするものではない」
 朱鷺世のそわそわした態度は見抜かれていて桂は言う。
「……今日はどのようなお集まりでしょうか?この後、場所を移して舞をするのですか?」
 朱鷺世はたまらず桂に尋ねた。
「ふ……くくっ……ははは!」
 桂は笑いを堪えていたが、我慢できずに大きな声で笑い出した。
 朱鷺世は桂が何に笑っているのか分からず、その笑いに怒りが込み上げてきた。しかし、何がおかしいのか、と言い返すことはできず、朱鷺世は桂の前にある膳に視線を落とした。
「ああ……太良音は詳しいことを言っていないのだな!…・だからいつものように何かの宴で舞うために呼ばれたと思っていたと。確かに、ひとつ舞は見たいが、他に客がいるわけではない。今宵は私とそなたの二人きりよ」
 と桂は言った。
「……は……」
 朱鷺世はため息のような言葉が漏れた。
「今夜は二人きりだ。しかし、別にそれは今日が初めてではない。私はこの前のことをよく覚えている」
 桂はそこで手に持っていた杯を口に持って行き、中身を空けた。
「そうだ……酔う前に朱鷺世の舞を見ておかないと。今夜は私だけのために舞ってもらうのだから」
 そこで朱鷺世は隣の庇の間に立って、桂の求めに応じでゆっくり舞を始めた。
 新年の宴で舞った舞は淡路との二人舞だったが、桂はそれを一人で待って欲しいと言った。ゆっくりとした舞なので、一人で舞っても美しい舞である。
 桂は脇息に体を預けて朱鷺世の舞をじっくりと見つめた。
 初めはいつものように好きな舞を楽しく見ていたが、侍女が注いだ杯の中身を口に運び運び飲んでいたら、途中から目の色が変わって桂は杯を膳の上に置いて、脇息にもたれかかって、艶かしい視線を朱鷺世に送った。
 朱鷺世は舞終わると、桂の正面に座って頭を下げた。
 いつもなら手を叩いたり、何かしらの声が掛かるが今夜は桂しかいない部屋は、しんとしていた。
「朱鷺世」
 桂は真っ直ぐに右手を差し出した。
 朱鷺世は中腰で進み出てその手を取った。
「今日もそなたの舞を見て、美味しいものを食べ、そしてよく飲んだ」
 桂は朱鷺世を見つめて言った。
「朱鷺世、私を閨に連れて行っておくれ」
 朱鷺世はそれまで桂の態度に怒りを感じていたのに舞を始めたらその思いは鎮まって、逆に桂のねっとりとした視線にあの夜を思い出させられて、体の内側が熱くなった。
 朱鷺世は桂の手を取ったまま立ち上がると、桂もそれに合わせて立ち上がった。桂の膝が膳にぶつかり置いた杯が倒れたが、そんなことに目をくれることなく桂と朱鷺世は庇の間から簀子縁に出て、桂の閨に向かった。
「そなたは冷たい男なのだな」
 ふらふらと体を揺らせて歩く桂の腰に手を回して支えて歩いていると、桂は前を向いたまま言った。
「?」
「一夜を共にしただけの女になんとそっけないものかと思ってな」
「……あ……私のようなものが一夜の伽を務めさせていただけるとは……夢のようでした」
 とだけしか言葉を返せなかった。
「そうか……私はそなたと再び会いたいと思っていた」
桂は横目に朱鷺世の反応を覗き見て、面白そうな笑みを湛えている。
「そなたが思いの外に寝物語が上手だとは分からなかった」
 桂の言葉に朱鷺世は何と返事して良いのか分からず黙った。
 こうなることになっていたのか。
 だから風呂から出た時、朱鷺世の着古した下着はなくなっており、代わりに新しい下着が置かれていたのか。最初からこうなることはわかっていて、風呂に入れて、新しい下着に仕替えさせたのか。
 閨の奥に進み、御帳台の前まで行くと桂はその端に腰掛けた。朱鷺世はその前に膝を揃えて座った。棚の上に置いてある水差しを傾けて、美しい瑠璃杯に水を注いで桂に渡した。桂は瑠璃杯を傾けて喉を鳴らして飲み干した。
「ふう、帯を解いて腹のあたりを寛げておくれ」
 受け取った瑠璃杯を棚に戻して、朱鷺世は桂の言う通りに帯に手を伸ばした。
前に桂の閨に来た時、自分の体の汚れに桂は内心、鼻をつまんでいたのではないか。だから、今日は来るなり風呂に入れたのだと思うと、顔から火がでる思いだった。
 帯を解いて、朱鷺世の手は桂の衣の襟から下を寛げた。途中で桂の手も加わって、桂はスルスルと下着姿になって、御帳台の上に上がった。朱鷺世は御帳台の下にいると。
「朱鷺世も上がって来い。私の側へ」
 と言った。
「あ……」
「早く」
 躊躇っている朱鷺世は桂に急かされて、御帳台の上に這い上がった。
「ふうん……今日は体を綺麗にしてきたのか」
と桂は呟いた。朱鷺世の下着が新しいのに気づいて言った。
「私は全く気にしないのに」
 と続けて言った反応に、風呂に入れたのは桂の指示ではなく、宮の者たちの考えだったのだと分かった。
 朱鷺世は桂の投げ出した足元に座って、その小さな左足を足袋の上から両手で包んだ。
「朱鷺世は何の花が好きか?」
 唐突な桂の問いに朱鷺世は何と答えるべきかと思った。
 別に好きな花などない。もっと言うと、花の名前など知らないといっていい。どこにでも咲いている季節ごとの代表的なものしかわからない。だから、今の時期なら。
「……梅……」
 と答えた。
「梅か……私も好きだ。特に白い花がいい。……そろそろ梅の季節だな……この部屋から見える庭にも梅の木が植えてある。その匂いが薫ると梅の季節と気づく……」
 御帳台の脇に置かれた灯台の光に照らされた桂の清らかな表情が見えた。
「椿もそろそろ咲き始める。……私は椿も好きだ。こちらは赤い花が好きなのだ」
 桂は言って、自ら下着を留めている腹の帯を解いた。
「朱鷺世、足袋を脱がしてくれ。そして、冷たい足を暖めておくれよ。足が冷たいと身体中が冷たい」
 桂の言葉に朱鷺世は桂の左足、そして右足の足袋を脱がせた。
 桂は冷たいと言ったが、桂と朱鷺世がこの部屋に来る前に浜床は温石で温められていて、朱鷺世は浜床に上がってからその暖かさに汗が出そうであった。朱鷺世は桂の足袋を両足とも脱がせて、自分の手の平で包んだ。
 小さな桂の左足は朱鷺世の手の平の中にすっぽりと収まった。
 御帳台の上は暖かいが、桂の足の先は冷たかった。
「朱鷺世の手は暖かいな……。体も暖まりたい……そなたの体で包んでおくれ。今は温石で温かいがすぐに冷えてくる」
 桂は手を伸ばした。朱鷺世は桂の足を包んでいた手の右手を上げてその手を取った。桂はその手を引っ張って朱鷺世に側に来るように示した。
 朱鷺世はその手に従って桂の傍に体を寄せた。
「そなたも脱いでおくれよ。前の時のように私を悦ばせておくれ」
 と言って、朱鷺世の帯に手を伸ばした。その後は、前と同じで桂と自分の欲望のままに体を交じあわせたのだった。
 今、桂の体がまだ腕に中、身体中に残っている時に露の体を触れると、そんな気はなくてもその体を較べてしまう。
 まるで少し太い枝を抱いているようなおうとつのない枯れた木のような露の体。それに較べて豊満で柔らかくて、自分の体に吸い付いてくるような滑らかな桂の肌。
 二度目があるとは思っていなかった朱鷺世にとって、桂との再びの性交でその体に強い執着を覚えてしまった。朱鷺世は露の体を物足りなく感じてしまうのだった。
 露が朱鷺世の首に両腕を回し抱きついてきても、それと同じだけの力で抱き返す気にならなかった。

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