New Romantics 第ニ部STAY(STAY GOLD) 第八章11

小説 STAY(STAY DOLD)

 大王から舞の対決を月の宴よりも早めてほしいとの言葉に桂は考えを巡らせた。
 大王の健康問題を表に出さずに、早めるにはどうしたらいいか。
 すでに月の宴で三度目の対決をすることは決めている。雅楽寮の長官、麻奈見はどのような舞をするか考えているはずだが、まだ何も決まっていないと言っていい。開催を早めると言ったら、麻奈見はもちろんのこと実際に舞をする実津瀬と朱鷺世は大変な思いをすることになる。対決でこれまで自分で考えてきたそれぞれの舞を考える時間がないかもしれない。
次にある恒例の宴は花の宴だ。準備もあるから花の宴よりも前の開催というのは難しい。
 桂は秘密裏に麻奈見に舞の対決を早めることを伝えて、準備を始めておくようにと言った。
 梅の花が咲き始めた頃、桂は王宮を訪ねた。
「おお、桂、よく来てくれたね」
 大王は臥せっているという噂が流れているが、桂が部屋に通されると大王は椅子に座って待っていた。
「大王、顔色もよくお元気そうで何よりです」
 桂は心からの喜びの笑みを湛えて大王の前に座って頭を下げた。
「うん。……そなただから言うが、三日前までは身を起こすこともできなかった。昨日あたりから気分も良くなってな……こうして椅子に座ることができるようになった」
「それは良いことです。母后と大后が共に神に祈りを捧げておられるからでしょう」
「うむ。母上にも大后にも苦労をかける」
「お二人には頭が下がる思いです。そして大王は国のために務めてくださっています。私も何かできることはないかと日々考えています」
 桂はその時は顔を歪めて苦悩を吐露した。
「典薬寮も色々と異国の良い薬を取り寄せてくれておる。それが効いたのかもしれぬ。そなたにも心配をかけておるな」
「そうですか!典薬寮の仕事が効いておりますか。それは素晴らしいことです」
 桂は大王の言葉に今度は笑顔になった。
「……ところで、今日は何の用だ?こんな雑談をしに来てくれたのか?」  
 大王の冷静な言葉に桂は我に帰る思いだった。
「ああ、そうでした。申し訳ありません。今日の大王のお姿を見たら、お話ししようと思っていたことは必要ないのではないかと思ってしまいました」
「なんだ?私に話したいこととは、もしや、あれか?」
「私といえば、舞、管弦です。大王から舞の対決をはやめよと言われて考えた結果、花の宴で行いたいと思いますがいかがでしょうか?舞をする二人はすぐに準備を始めなくてはいけません。雅楽寮の長官にはすでに話はしています。しかし、今の大王であれば、今まで通り月の宴で対決してもいいのではないかと思います」 
「うん……しかし、夏は暑い……。そなたの提案の花の宴での対決が良いと思う」
 大王は桂の前のめりになって話す姿に笑みをこぼされたが、時期を月の宴のままで良いとは言われない。
「承知いたしました」
 明るい声で話す大王だが、桂の目には頬の肉が削げて、お痩せになったように見えた。
 暑い夏をその痩せた体で凌ぐのは大変なことかもしれない。しんどい思いをされる姿を臣下に見せるのも忍びないことで、大王の言うように花の宴で対決を披露するのが良いと思われた。
「大王……」
「ん?」
 大王は遠い目で庭を眺めていた視線を桂に向けた。
「大王はどのような情景が見たいですか?次に舞う舞には大王が見てみたい情景を舞の形にしたいと思います」
 と桂は言った。桂なりに大王を思って考えたことだった。大王のみたい光景を舞で表現できたら、大王を元気つけることができるのではないか。
「ほう!それは興味深い……」
 大王はまた視線を外に向けてしばらく考えてから。
「桂……そなたは海を見たことがあるか?」
 と言った。
「え……いいえ、ありません。人から聞くだけです」
「私もだ。海とはどんなものかな……波というものが終わりなく打ち寄せて来るらしい。どんなものかこの目で見たかった」
「大王、これから見に行くことができますよ。その時は私もお供したいです」
 桂が言った。
「ふふふ。そうだな……その前に海を、波の光景を舞で見せてほしい」
「はい、大王、私も大王と共に舞で海の景色を見とうございます」
 

 それから桂は一芝居打った。
 書状を臣下の詮議の場に送った。内容は舞の対決を花の宴で行いたい、と言うものだ。
 夏の宴で行うと決めていたものを変更する。それも前倒しにするのは、準備ができるのかと皆眉を顰めて、なぜ花の宴かと言い合った。
 先議の場に出席した桂は大王の体調を考えて早めたいとは言えない。
「夏は暑い。それは過去二回の宴でよーくわかった。吹き出す汗を抑えながら見るのは辛い。だから気候の良い季節に舞を見たいと思ったのだ。花の咲き誇る中であの二人の対決を見てみたい。翔丘殿の池の周りは春の花見に良い場所だ。どうか私のわがままを聞いてくれないだろうか。大王にも私のわがままをお耳に入れている」
 桂の言葉に臣下の最高位の太政大臣に着いている岩城蔦高が口を開いた。
「大王はなんとおっしゃっておいでだったでしょうか?」
 すでに大王の耳にも入れていると言った桂に言った。
「花の中で二人の舞を見るのもいいものだと、私の案に賛成してくださった」
 本当は大王との間でそのような会話はなされていないのだが、大王との間ではもう話がついている。
「確かに、三度目ともなると趣を変えて花の中で舞うのを見るのもいいかもしれません」
 桂の言葉を受けて、蔦高が言った。
「それに月の宴は夜だったが、花の宴は昼間行う」
 桂はそう付け加えた。
 臣下の中には舞管弦が好きで楽しみにしている者もいるが、多くはそういった対決が行われようと行われまいとそれほどのこだわりが無い者の方が多かった。
「雅楽寮や会場、料理の準備はどうだろう」
 蔦高が心配事を呟いた。
「私が言い出したことだ。何でもする」
 と桂が答えた。
「いいえ。桂様がなさることはございません。私が取りまとめいたします」
 蔦高はそう言ったが実際に動くのは部下だ。
「雅楽寮への話だけは私がやる。しょっちゅう出入りして麻奈見と話をしているからな」
 桂は言って、その足で雅楽寮の麻奈見のところに行き、事前に話しておいたことが上に通ったことを伝えた。
「では二人に伝えてもよいですか?」
「もちろんだ。大変な思いをするのはあの二人だからな」
「実津瀬も月の宴で舞うことがわかっているので、よく稽古場に来ています。二人一緒の時に話をします」
「ではその時は私も同席しよう。今からすぐに稽古場に行ってみるか、二人がいるならちょうどいい。善は急げだ」
 思い立ったらすぐに行動の桂と一緒に麻奈見は稽古場に行くと、案の定、稽古場の入り口近くには実津瀬がいて、淡路と話をしていた。
 桂の姿に気づいた実津瀬が背筋を正して会釈をした。
「実津瀬、忙しい身なのにすでにここに通っていると言うことは今年もよい舞を見せてくれるのだな」
 桂は笑顔を向けていいそのまま稽古場の中に入って行った。
 稽古場の隅には朱鷺世が壁にもたれて座っていた。
「朱鷺世、こっちへ」
 桂の後ろに続いて稽古場に入った麻奈見が朱鷺世に声をかけた。
 朱鷺世は桂の姿に内心ギョッとしたが、いつもの無表情で立ち上がった。
 実津瀬が桂の前に進み出ると、自然と朱鷺世もその隣に立った。
「二人がこうして私の前に並んでくれたのは、何か思うことがあると言うことかな?」
 桂は悪戯っぽい笑みを浮かべて目の前に並んで立っている二人を見た。 
 二人は片膝をついて頭を垂れ、桂の言葉を待った。
「私が麻奈見と共にここに来たのは他でもない、二人の舞の対決のことだ」
 と言って、桂は目の前の二人の頭を下に見て言った。
「今年の対決は月の宴ではなく、前倒しして花の宴で行うことになった」
 桂の言葉に二人は目を見張った。下を向いていたので驚きの表情は誰にも見られていない。
「時期が早くなった。そうなるとこれまでそれぞれが創意工夫していた一人舞を考える時間が短くなる。それが真っ先に頭に浮かんだのではないか?」
 二人の心の内を慮って桂は言った。
「二人とも顔を上げよ。私もそのことは真っ先に頭に浮かんだことだ。それで、一つ提案であるが、麻奈見と淡路に舞の形を考えてもらおうと思っている。一人舞も同じ型を二人が舞うわけだが、そこはそれぞれが自分の思うように舞って欲しい。それが勝敗の分かれ目になるだろう。麻奈見と……淡路にも苦労をかけるが、全ては私の我儘なのだ。大王に過去二回の月の宴は暑い故、もっと早い時期に行いたいとお願いして、花の宴で行うことの了承を得たのだ。二人にも最後のお願いになるだろうし、一番苦労をかけるがどうかよろしく頼む」
 桂はその頭を下げる。
 実津瀬も朱鷺世も桂の姿に返す言葉が見つからず、黙っていた。それを悟って麻奈見が言った。
「桂様から話があった通り、一人舞も含めて全てこちらで決めることになった」
「一人舞は同じものでもそれぞれ二人が舞えばきっと違うものになると思うから、大王もきっと楽しんでいただけると思う」
 桂、麻奈見の説明を二人は黙って聞いていた。
 それから三度目の対決の準備は進められた。
 三度目の対決に麻奈見は桂から一つの課題を与えられた。それは、舞で海を表現すると言うことだった。
 大王に海を見ていただいきたい。それを表現するためならどんなことでもする、と言う。
「麻奈見は海を見たことがあるか?」
 桂の問いに麻奈見は答えた。
「……何度か難波津に行ったことがあります。その時に海なるものを見ました」
「ほう!大王も私も海を見たことがない。見た者からその姿を聞きおよぶに向こうから幾重にも波が押し寄せて来るとか。その終わりのない姿を表現してもらえないだろうか」
 と、いつも冗談の多い桂だが、その時は固い表情で懇願したのだった。
 花の宴で舞う舞は麻奈見、淡路の二人だけではなく、当の舞をする実津瀬と朱鷺世も加わって海とは波とはと試行錯誤で型を模索した。
 幸い麻奈見と同じで淡路も難波津に異国の船がついた時に、歓待のために難波津まで行き、宴で舞を披露したことがあり、その時に海を見ていた。しかし、舞をする実津瀬と朱鷺世は海と言うものがあることは知っているが、それがどのようなものかは全くわからなかった。
 麻奈見が実津瀬の、淡路が朱鷺世の代わりになって作ってきた舞を見せて、それを真似て舞う日々を送った。
 これまでの二回は一人舞をそれぞれが考えて己の個性を出そうとしていたが、今回は一人舞も同じものを舞うので、その型を覚えるのに一緒に並んで舞うのは今までにない一体感があるのだった。
 しかし、一人になるとその一人舞をどのように自分の良さを見せられるかと、頭を悩ますのだった。
 そして如月はあっという間に過ぎ去って行ったのだった。

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