New Romantics 第ニ部STAY(STAY GOLD) 第八章14

小説 STAY(STAY DOLD)

 実津瀬は稽古場の前に咲く桜の木を見上げてから、稽古場の中へと入って行った。
 花の宴は三日後に迫った今、花は全体の半分、いやもっと咲いている。宴の日には翔丘殿の花は満開になるだろう。
 昨日、やっと春の海を表現する舞は完成した。今年は短い期間で舞台を作るという大きな問題があったので、一人舞の対決はあるにしても、宴の舞台を成功させるために一致団結した。
 海を見たことがない二人が海を舞うのは大変な苦労があった。波が浜に打ち寄せて来る様子を表現するために麻奈見、淡路とともに試行錯誤を繰り返した。
「もっと柔らかに。水は如何様(いかよう)の姿にもなるのだから!」
 麻奈見の言葉に実津瀬も朱鷺世もどのようにも形を変えられる水の動きを目指して何度も何度も舞を繰り返した。
 一人舞も型は同じだがどう表現するかは自由で、それぞれが一人で練習を重ねた。迷うことがあれば麻奈見、淡路に相談してこちらも二人とも自分の舞を完成させた。
 今日も最初と最後の二人舞を合わせるのに集まり、通しで舞った。二人舞から一人舞になる部分、一人舞から再び二人舞に移る部分の切り替えを入念に確認した。
 衣装は三年前に桂が作ってくれたものを使う。昨年は凝った刺繍を入れたものに生まれ変わったが、今年は時間がなくて、昨年と同じままで使うことになった。大切に保管されていたから、鮮やかなままで舞に華を添えるのは間違いない。
 舞の対決の準備は予定が早まり慌てたが宴自体は毎年行っているものであり、その準備はいつもように進められていた。
そして、宴前日に桂が稽古場に現れた。ちょうど皆は休憩している時だった。すぐに実津瀬、朱鷺世は立ち上がり桂の前に進み出て並び跪いた。
「二人ともよく努めてくれているな。舞を作るのに苦労したと聞いた。二、三日前にやっと意にそうものができたそうだな。くじけることなく良いものを追求してくれるその気持ちに感謝する。ここに来る前に大王にお会いして、二人と雅楽寮の働きをお話ししてきた。大王も二人の努力を想像されて、労いの言葉をおっしゃっていた。明日をたいそう楽しみにしておられた」
 桂は二人に向かって言った後。
「麻奈見、淡路もよくやってくれたな」
 顔を少し後ろに向けて、背後に立つ麻奈見、淡路の方を見た。
 二人とも頭を下げた後、顔を上げた麻奈見が言った。
「桂様、ありがたいお言葉ですが、それは明日の宴が終わった時に頂戴したいと思います」
「あははは!そうだな!まだ早い。私のわがまま。私の道楽。それを叶えてくれる者たち!明日、改めて挨拶させてもらおう」
 桂は実津瀬と朱鷺世の前に同じように跪いた。
「明日を楽しみにしている。二人の舞を私はしっかりと見届けるぞ。力を尽くしておくれよ」
 そう言うと立ち上がり、稽古場を後にした。
 桂が去った後も明日の本番に向けて、二人で舞う部分を綿密に合わせた。そうは言っても明日は昼間から宴が始まるので麻奈見は早々に切り上げて明日に備えることにした。
 麻奈見、淡路に見送られて実津瀬は稽古場を後にした。
 実津瀬は桂の言葉を思っていた。
 二人の舞を私はしっかりと見届けるぞ。
この対決に関してはどこまでも公正に見る桂が稽古場を去って行った姿は爽やかで、いつもながら実津瀬は桂に敬愛の念を抱いてしまう。
 桂でなければこの対決を受けなかった。いや、そもそも、桂でなければこの対決を行うことはできなかった。桂は大王に可愛がられており、桂のわがままのような舞管弦に関しては大王が後ろ盾になって好きにさせてもらっているがその立場は弱い。いつ没落していってもおかしくない立場である。それを桂は自覚しており、この厳しい世界を一人で生き抜こうとしている。その姿に、実津瀬は感服している。
 実津瀬が五条の邸に帰ると芹と淳奈を連れて母屋に行った。
 宴の前日は、実津瀬の最後の勝負の前日でもある。五条岩城では皆で集まって食事をし、実津瀬を元気づけようということになっていた。
「今夜はお酒はありませんからね!」
 母の礼が言った。
「それはわかっています、お母さま!明後日、実津瀬の祝い酒をたっぷりと飲むんだから!」
 と蓮が声を上げた。
 皆、明後日、ここに集まって実津瀬の勝利を祝う美酒とご馳走を食べることを楽しみにしている。
 明日は勝負の行方がどうなろうとも実津瀬にとっては最後の舞台になる。それは三回目の対決が花の宴になったと実津瀬が言ってから少し経った夕食の時に、また実津瀬の舞について話をしていたら、実津瀬がぼそっと言ったのだった。
 これが最後だからね。皆に見てほしい。私の悔いのない舞を。
 と。一度目で終わるものと思っていた対決は二度も行われ、宴は勝負の熱狂に包まれたが、それもこの三度目で終わりである。
 一族が一丸となって実津瀬の勝利を祈ること一族の絆を感じられて気持ちが良く、勝てばさらにその気持ちは高揚した。それも今年で終わりだ。
 そして、今年は嫌でも勝敗がつく。今回の勝負で勝った者が真の勝者になるのだ。
 大王が判定をつける建前だが過去二回とも桂が決めている。今回も桂が決めることになると皆思っているので、桂に取り入れば有利になるのではないか、と冗談のように話す者がいる。
 特に、実津瀬は桂に気に入られているようだから、桂の機嫌を取ればいいと言うことだが、五条岩城の者はそんなことを実津瀬に勧めたりしない。
 桂はそんなへつらいは歯牙にもかけず、機嫌取りとわかったら軽蔑されかねないとわかっている。
 己の力で魅せることが、桂から評価される近道なのだ。
 勝負の話ばかりだと、実津瀬が要らぬ気苦労をしてしまうと皆、最初は舞の仕上がり具合を尋ねたりしたが、話は自然と明日着ていく服に移っていった。
 今回も上流貴族の家族は舞管弦の席に出席できることになっているから、岩城一族は五条の邸の者はもちろんのこと、本家からもたくさんの人数が実津瀬の勝負を見に行くことになっていた。
 五条では、今年も月の宴に合わせて服を作ろうとあれこれ準備していたが、花の宴になったために女性たちは今あるものを融通し合って着ていくことにした。ひと月前から自分たちの衣装箱の中を持ち寄って上着、裳、装飾品の組み合わせを考え、当日どのような髪型を結うかを母家に集まって話し合い賑やかである。その笑い声につられて実言、実津瀬、宗清が様子を見に来るのだが、その輪には入ることができず、少し様子を見守って自分の部屋へと行くのだった。
 女人たちは、その中でも榧をどう着飾らせるかを考えるのに必死になった。
 大人しく、一日を静かに縫い物や母の薬草園の手伝いをしている榧は慎ましくて着る物も母や姉のお古でよいといい、髪も垂らして一つに束ねるだけである。
 しかし、宴では実由羅王子と一緒に舞を見るのであるから着飾って行かないわけにはいかない。
 王子は新年の行事が終わると領地佐目浜に行ってしまって、一度も帰って来ていない。花の宴に出席するために都に帰って来たのは昨日である。ふた月ほど会えなかった二人を思って、周りがあれこれと気を揉みおせっかいを焼いてしまうのだった。
 今日は着ていくものと身につける小物、装飾品を衣装箱に入れて皆で最終確認をしたのだった。
 仲の良い家族で、話題も豊富だからいつまでも話は尽きないのだが、明日は昼間の宴のため、朝早くから準備する必要がある。早めに実津瀬を休ませないといけないと、誰もが心の中で思っていて、食事が終えて早々に部屋に帰って行った。
 宗清が珊を連れて部屋を出た。淳奈がじっとしていないので芹が立ち上がった。すぐに礼が言った。
「実津瀬も早く休みなさい。明日は早いのでしょう」
 実津瀬は立ち上がって芹と淳奈と共に部屋を出ていく。
 残った父と母、蓮と榧はその後、明日、実由羅王子を迎える段取りを話したのだった。

 淳奈を寝かしつけた芹が夫婦の部屋に戻ってきた。侍女の編と簀子縁で話している声が聞こえる。声が聞こえなくなってしばらくすると寝室に芹が現れた。御帳台の浜床が軋み、芹が御帳台の上に上がって、先に横になっている実津瀬の隣に座った。
「……あ、実津瀬」
 実津瀬が自分の手の近くに突いている芹の手を握ったので、芹が小さな声を上げた。
「まだ眠っていなかったの」
「……うん」
「明日ね」
「うん」
「三年前、こんなことになるなんて思ってもみなかった。やるとなったら皆、毎年楽しみにしていたわ。美しい衣装を着て、大王の庭を見ることができて。今年も皆でそんなことを話したわ。あなたのおかげよ」
 芹も実津瀬の手を握り返して、横になった。
 芹が言葉を発した後は二人とも無言で、手を繋いだまま仰向けになって天井を見つめた。
 芹は実津瀬の動きに気づいたが、声には出さなかった。
 実津瀬は芹の握った手をさらに強く握った。それに応えて芹も握り返す。
 明後日にはもうこんな気持ちを味合うことはない。焦燥なのか安堵なのかよくわからないこの気持ちを、今は二人で噛み締める。
「……寝ましょう」
「うん」
 そう話して、二人は目を瞑った。

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