New Romantics 第ニ部STAY(STAY GOLD) 第八章17

小説 STAY(STAY DOLD)

 二人はまだ息が上がっていて、静かに胸を上下させて大王の言葉を待った。
 微笑みを湛えた大王は、階の下に片膝をついた二人を見ている。
「……桂」
 大王は王族の席の端に座っている桂を呼んだ。桂は椅子から立ち上がり、大王の方へ体を向けた。
「はい」
「桂、もう少しこちらへおいで。二人にもよく聞こえるように」
「はい」
 桂は椅子から離れ、他の王族の後ろを進んで、大后の隣に立った。
「……素晴らしい舞だったな」
 大王は言った。
「大王、本当に良い舞でした。この度、麻奈見と舞う二人には海の光景を見せてほしいと伝えていました。海を見たことのある方々はいかがでしたか?海の光景が見えたでしょうか」
 桂の言葉に口々に感想を口にする王族がいた。
「ああ、波を表現しているとわかった」
「濡れないように波から逃げたり、追いかけたりしている姿。私も浜に行って同じようなことをしたものだ。そういった動きがよくわかったよ」
 桂はその言葉に耳を傾けて頷いた。
「そのようなお言葉は二人の今日の舞を認めてくださるものです。恥ずかしながら私は海を見たことはありません。しかし、今日、二人が海の光景を見せてくれたように思います」
 桂の言葉に頷き、大王が言った
「桂……この対決はこれで最後だったな」
「はい。大王の広いお心で私の思いつき、わがままに、雅楽寮の者たち、そして岩城実津瀬を使わせていただきました。それも三度も」
 桂は大袈裟なくらい頭を下げた。
「毎回素晴らしい舞を見ることができた。昨年、今年と宴を楽しみにしていた」
「ありがたいお言葉です」
「対決の判定をしなければならないな」
「はい」
「これまで二度、その役割を朕は桂に担ってもらった。三度目もそなたに任せたいと思う」
 大王の言葉に桂は神妙に再び頭を下げた。
「大王……畏れ多くも、その役目を今回も私が担わせていただきます……と言っても、この対決に判定を下すのは難しいことです。どちらも素晴らしい舞でしたから」
 桂は目を輝かせて言った。桂は先ほど見た舞を思い浮かべ余韻に顔が綻ぶのだった。
「そうだな」
「今回の舞は、最初の二人舞は静かな海を表現したものでした。私が聞き及んだ通りの波が幾重にも連なってこちらにやってくる姿を見た気がしました。そして、対決を花の宴に変更したため、準備の時間が短くなってしまいました。そのため一人舞は二人とも同じ型を舞うことにしました。麻奈見と淡路が作ってくれた型です。舞ってみると、二人が同じ型を舞っているとはわからないほど、対照的な舞でした。両方美しいものでしたが、それぞれの良さがありました。本当に最後の対決に相応しい舞だったと思います。そして、後半の二人舞は、隠していた錦の上着を現して陽に照らされて荒れた海を舞ってくれました。本当に思ってもみなかった素晴らしい変化でした。この素晴らしい舞は二人の力もありますが、雅楽寮のお陰でもあります。麻奈見、苦労をかけた」
 そこで桂は言葉を切って、視線を階の下の麻奈見に移した。
 二人の横に並んで立っている麻奈見は桂の言葉に改めて深く頭を下げた。
「大王……判定を下すのは毎回……苦しい気持ちになります。何度も言いますがどちらも素晴らしい舞でしたから。しかし、私は決めなくてはいけません。そのための三度目ですから」
 桂は言うと、大王の方へと体を向けた。
 大王も桂に顔を向けた。
「そうだな。私も勝負を決めることを望む。それで、判定は決まったか」
「はい」
 その時の桂の顔は厳しく引き締まっていた。
「そうか……では、言っておくれ」
 そこで階下の二人の体には緊張が走った。少しばかり体が動いて、お互いそれぞれの気持ちを感じ取れた。
 桂は一つ息を吸って吐き、顔を上げると、眼差しを階下へと向けて言った。
「はい。今回の勝負は……雅楽寮の朱鷺世の舞を勝ちとしたいと思います」
 桂の言葉に王族席の左横の間を占めている岩城一族からは悲しみのため息が一斉に漏れた。その反対に、この舞台を成功させるために働いてきた雅楽寮の者たちは、それぞれの持ち場で表情を変えないようにしようと思っても喜びが顔に出てしまうのだった。中にはやったと小さな、本当に口だけ動かして喜ぶ者もいた。
 階下に控える頭を下げたままの主役の二人の表情は窺えない。
 実際、二人の表情は変わらなかった。喜びや悔しさは別の場所で表すべきと思っている。
「……勝敗の理由はなんだ」
 大王が尋ねた。
「はい。私が朱鷺世を選んだからといって、実津瀬の舞が悪かったわけではないことは皆様わかっていただいている通りです。同じ舞を舞っているのに、同じように見えなかったのは二人のこの最後の舞台に込める思いの現れだったように思います。実津瀬は端正で美しい舞。朱鷺世は大胆で美しい舞。見ていて楽しいものでした。二人の舞を見終えて……考えた結果、朱鷺世の大胆な舞を勝ちにすることを決めました。しかし、実津瀬の舞があったからこそ、朱鷺世の大胆さがよくわかるものでした。やはり二人の舞は素晴らしいものでした」
「そうか。桂が言うように二人とも素晴らしい舞だったのは確かだ。その上で桂の判定に従う。雅楽寮の勝ちだ。二人とも三度の勝負、大義であった。この勝負の記念の褒美を後に与えよう」
 大王の言葉に二人は深く頭を下げた。
 控えの間に戻ると、裏方をしている雅楽寮の者たちが主役の二人を称える言葉を発した。
 二人は控えの間の自分の場所に座って、一息ついた。その後、実津瀬はすぐに身繕いをした。この後の花見の酒の席に行かなければならないからだ。そして、支度をし終えて立ち上がると控えの間にいる雅楽寮の者たちに言った。
「これまで世話になりました。感謝します」
 皆、岩城一族の一人が頭を下げるので恐縮した。
 今頃、大王を始め、王族、貴族たちは池の中に突き出た部屋での宴席に移動しているところだろう。実津瀬は遅れず席に着ける。
 実津瀬が部屋を離れて行くと、控えの間からは叫び声が聞こえた。それは雅楽寮の者が朱鷺世の勝ちを大ぴらに喜んだ声だった。
 
 花見の宴会に出席した者たちは咲き誇る桜を眺め、うまい料理を食べ、酒を飲み交わしたがその時間は早々に終わった。
 そろそろお開きと言ったのは大王や大后ではなく、弟の有馬王子だった。
 春の移ろいやすい景色はその盛りを目に留め、変わる前に席を立つ方がいいと、有馬王子が言ったのだった。
 それに乗ったのが大王だ。
「有馬の言うことは一理ある」
 散って行く様をいつまでも見るのは忍びないと言って宴会を退席することにした。そう言った有馬王子も大王に従ったので、実言たち年配貴族たちは大王、大后、有馬王子を見送ると、その意思に従いそれぞれ自邸へと戻ったが。
「しかし、移ろいゆくものを見守るのも一興である。残って散りゆく花を見守りたい者は残っても良いぞ」
 との大王の言葉があり、実津瀬の年代の者たちはしばらく残って残りの酒を飲み干した。
 岩城本家に稲生や鷹野と一緒に帰った実津瀬は、三日月の光が道を心細く照らす中、そこから本家の従者一人に付き添ってもらって、五条まで帰って来た。
 母屋には寄らずすぐに離れの夫婦の寝室へと行った。
 もしかしたら淳奈を寝かしつけるために部屋にはいないかもしれないと思ったが、実津瀬が庇の間に入ると、すぐに奥の部屋から芹の声が聞こえた。
「実津瀬?……あなた?」
「芹…私だ」
 実津瀬が答えて、奥の部屋へと入った。
 御帳台の上に体を起こした芹がこちらを見ていた、
 実津瀬が御帳台に走り寄ると同時に、芹は御帳台から降りて実津瀬の胸に飛び込んできた。
「実津瀬」
 芹は実津瀬の胸に飛び込むと、頬擦りした、
「芹、良い結果にはならなかった」
 実津瀬はすぐに自分の思いを口にした。
「お帰りなさい……勝負のことはいいのよ……とても美しい舞だったわ。淳奈も言葉を失ってあなたの舞に魅入っていたのよ。私も淳奈もその姿を心に刻んだわ」
 芹は言って実津瀬の頬をさすった。
「うん……私も満足だ」
 実津瀬は芹を抱きしめ、御帳台の上に連れて行った。

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