New Romantics 第ニ部STAY(STAY GOLD) 第八章22

小説 STAY(STAY DOLD)

 秋は深まり、夜は肌寒くなった。
 朱鷺世は寒さのためだが、顔を隠すのにちょうどいいと頭から首巻を被って、佐保藁の宮に向かっていた。
 花の宴の三度目の対決が終わり、大王はおっしゃった約束通り褒美をくれた。
 それは思っても見なかった法外なものだった。
 大王は佐保藁の宮近くにある邸をやると言ったのだった。小さな邸であるが、都に来て宮廷にある大勢が並んで寝起きする宿舎の部屋しか知らない朱鷺世には、自分しかいない自分の部屋を得ることは考えもしなかった褒美だった。
 後で知ることになるがその褒美の選択には、桂が関わっていた。だから、佐保藁の宮の近くなのだ。
 今、朱鷺世はこの佐保藁の宮近くの邸とこれまで寝起きしていた宮廷の中の宿舎、どちらも使って生活している。
 今夜、桂に呼ばれたので、佐保藁の宮近くの我が邸からこうして向かっている。
 佐保藁の宮裏門の前に来ると、顔見知りの門番は視線を送っただけで検問はせず、朱鷺世はそのまま門をくぐった。
 桂の部屋に入ると、数皿の料理と酒が載った膳を前にすでに桂が食事を始めていた。
 もう何度も佐保藁の宮に来ているから、桂もかしこまったことはせず、桂の閨の前の部屋で食事をし、その後二人で几帳の向こうの御帳台へと行くのが通常になってしまった。
 朱鷺世は桂を横抱きして、御帳台に連れて行きその上にゆっくりと載せた。
 朱鷺世も御帳台の上に上がれと桂は右手を差し出し、朱鷺世はその手を取って這い上がった。
 それからお互いの衣服を剥ぎ取って、いつものように抱き合った。
 貴人の柔らかな肌に触れるのは畏れ多いことではあるが、今では桂の求める愛撫を朱鷺世も愉しめるようになった。
 桂との関係は花の宴が終わって復活した。思いつきのように呼び出されて桂に悦楽を与える奉仕は、三度目の勝負が花の宴に決まると、桂と朱鷺世が会っていることが露わになって、雅楽寮に肩入れしていると思われてはいけないからと、桂から会うのは控えると言われたが、朱鷺世はそのまま忘れ去られるものと思っていた。しかし、宴が終わって、五日後に、王宮に呼ばれた。そこには大王はおらず、代わりに大后と桂がいた。大后は多忙な大王の代わりに勝負に勝った褒美を与えると言って詳しくは桂が教えてくれると言うと去っていった。残った桂が褒美は邸で、それがある場所を教えてくれた。
「小さくても邸は邸だ。宮廷の小さな部屋よりは広い。大王からいただいた邸で一人を楽しんだらいい」
 何も持っていない自分が急に邸なんてものをもらって戸惑い、それを持て余しているが、桂の邸への行き来は楽になった。
 あの日。邸をやると言われた日。
 桂は。
「朱鷺世、今夜、私の邸に来ておくれ。私からも勝利の褒美としてもてなしをしたい」
 と言った。
 それはどのようなもてなしなのか、朱鷺世は幾度か桂と共にした夜を思い出した。夕方佐保藁の宮を訪ねると、桂と歓待の食事を一緒に食べ、酒を飲み、そして桂は当然のように朱鷺世を閨に誘った。
 裸になっても温められた褥の上では寒さを感じることなく、桂が求めるように朱鷺世はその体を愛していると。
「あの邸は宮廷よりもここに近い。これからここに来るのは楽になるだろう」
 と言って桂はにやりと笑った。
 それで、褒美が佐保藁の宮に近い邸なのは、桂の発案だったのだと朱鷺世は思った。
 夜明け前、桂の隣でだらだらと寝ている訳にはいかない。朱鷺世は、桂が目覚める前に去ろうと起き上がった。
 真っ暗な中を手探りで御帳台の端に追いやられた自分の上着を探し出していると、向こうを向いて眠っている桂の体が動いた。
 これはいけないと、朱鷺世は桂が完全に目覚めないように動くのをやめてじっと待った。桂は続けて動く気配がないので、朱鷺世は衣服探しを再開した。
 ゆっくりと慎重に褥の上をなぞった。端に追いやられているものと思ったが、見つからないので、足元の方も手を伸ばしてみたがない。枕の方は、寝ている桂の頭の近くだから、慎重に動かなければ起こしてしまうかもしれないと思って朱鷺世はゆっくりと空中から、自分の頭に敷いていた枕の後ろを探った。
 その時、背中を見せていた桂が体ごとこちらを向き、枕の後ろを探っている朱鷺世の手首を掴んだ。
「どこに行くつもりだ」
 朱鷺世は驚き、咄嗟に声は出せず、やっと言った。
「……私は帰らなければなりません」
「誰が帰っていいと言った?」
「……」
「久しぶりに会ったのだからまだいいではないか……私はそなたに会うことを今日まで我慢していたのだぞ。それに宴が終わったばかりで、そなたはまだ自由を与えられているだろう。少し稽古場に遅れたくらいで、小言を言う者はおるまい」
 確かに宴が終わって、今は休みを与えられている。と言っても、朱鷺世はやることがなので、露に勝ったことを報告しに行ったくらいで、日中は稽古場に顔を出していた。
 黙っている朱鷺世に、桂も体を起こして向き合った。
「そなたは私が恋しくなかったのか……」
桂は言った。
 恋しいかと言われたら……そんな感情をいただくことも許されないと思っていたから、考えることもなかった。
 しかし、こうして再び体を重ねたらそれは悦楽の上に乗っかっているようで、恋しくなかったとは言えない。
「……恋しかったです」
 朱鷺世は小さな声を絞り出すように言った。それを桂は男の照れと思った。
「ふふふ。……私の体はまだ眠っているが、そなたが起こしてくれたらいい。昨夜のように、優しく私の体を可愛がっておくれよ」
 朱鷺世は自分の腿に投げ出して載っている桂の足に手を置いて、桂に近づいた。
 今も桂を抱いている。腰の上に桂を載せて、桂の愉悦の声を聞いている。背中に回した手が朱鷺世の背中をつかみ、爪を立てる。桂の体を突き上げるたびに爪は朱鷺世の肌を引っ掻き、傷を作った。性交が終わって、横たえた桂の隣で、膝を揃えて座っている朱鷺世は背中の痛みさえも快楽後の余韻の中で気持ちよさに変わっていくのだった。
「朱鷺世、寒い。お前の肌で温めておくれよ」
 桂は薄目を開けて朱鷺世に片手を差し出し言った。
 朱鷺世はその手を取り、桂の体に自分の体を沿わせて横になり、その柔らかくて豊満な体に腕を回した。
 顔のすぐ下にある桂の髪から芳しい匂いがする。
 桂との関係が復活し、佐保藁の宮に前以上に通って桂の寵愛を感じているが、それが自分だけに向けられているという傲慢な考えまでは持っていない。
 毎回、桂の部屋まで案内してくれる若い従者の男は、きっと桂の愛人の一人だろうし、朱鷺世が知らないだけでお気に入りの岩城実津瀬とも通じているのかもしれない。
 しかし、俺には舞がある。
 性交の果ての寝物語に桂は朱鷺世の舞の素晴らしさを語る。美しい舞を舞うための努力を惜しまないでおくれ。そなたにしかできない新しく大胆な舞を見せておくれと口づけしながら、唇が離れた合間に囁くのだった。
 そして、佐保藁の宮に呼ばれて、桂が催す小さな宴で桂が求める美しい、新しい、大胆な舞を朱鷺世は試行錯誤するのだった。
 これからも舞だけではなく体の繋がりも断てなくして、桂の寵愛を受け続けなければならない。
 朱鷺世は自分が生まれ持った才能を使って、登れるところまで登り詰めたいと思った。舞で大王に認められ、都一の舞人になって邸を与えられ、王女の寵愛を受ける。もっともっと自分が得るものがあるはずだ。この手に掴めるものは全て掴んでやる。
 朱鷺世はそんな野望が頭の中に生まれたのだった。
 そのためか、桂との逢瀬が復活してから、露のところに行っていない。
 桂の頭髪から発する麗しい香りに酔い、頭の中から露の姿はすっかり消えてしまっていた。

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