New Romantics 第ニ部STAY(STAY GOLD) 第八章12

小説 STAY(STAY DOLD)

 桂が臣下の詮議に参加した日。五条岩城邸では梅が咲いた、春の足音が聞こえて来た、と話し、邸の者たちのうきうきした気持ちが邸を包んだ。蓮も部屋から庭に出てまだまだ小さな蕾の梅の枝から開いた花を見つけて嬉しくなった。
 しかし、兄の実津瀬は暗い顔をして帰ってきた。その後に帰宅した父の実言が珍しく自ら夕食を一緒に食べようと言っていると、侍女の曜が言ってきた。父母兄妹と夕餉を食べるのは嬉しいことなので、すぐに行くと答えた。
 早めに母屋の広間に行って、配膳の手伝いをしていると、そこへ兄の実津瀬がかたを落として現れた。
 これは、実津瀬に関係する何かが起こったのかな?と思った。
 遅れて妹の榧、一番下の妹の珊が一緒に現れて、最後に弟の宗清が部屋に入ってきた。
「遅れて申し訳ありません」
 宗清が部屋に飛び込んで来た。
「いや、急に一緒に食べようと言い出したのだから、気にすることはない」
 父の実言は言って、全員の顔を見渡し揃ったことを確認した。
「こうして皆の顔を見られるのは嬉しいことだ。歳をとれば取るほど、その喜びを噛み締めるものだ。ねえ、礼」
 と隣に座る妻の礼に言った。
 礼は夫の言うことはもっともだと言うように頷いた。
 岩城一族の結束は強固であるが、五条岩城と言われる実言を長とする一族はさらに結束が強かった。
 人数分の膳が運び込まれて、皆は一斉に箸を取った。
 いつもはそれぞれ食事をとっていて、五条の家族全員が揃うことはなかなかないことだった。
 銘々が自分の最近の仕事や出来事を話して、近況を教えあった。そこへ、それまで黙っていた実津瀬が口を開いた。
「実は……今日」
 と始めたので、皆が実津瀬に注目し、次の言葉を待った。
「舞の練習をしに稽古場に行ったら、突然桂様と麻奈見殿がいらして今年の対決は月の宴ではなく、花の宴でするとおっしゃった」
まぁ!と女人たちは揃えて声を上げた。
「対決が早くなったら、準備の時間が少なくなるわ」
 と蓮が言った。
「それは舞に関係する者たち皆が頭を悩ますこと。それで、今回は麻奈見殿が一人舞も含めて考えてくださることになった」
「まぁ。それは実津瀬にとってはよいことかしら?でも、対決となると」
 と蓮が気になることを代表して言う。
「二人が同じ舞をするのだが、そこはそれぞれの違いが出てくるものだろう、と桂様がおっしゃっていた。確かに、一人で舞うとなれば違いが出てくると思うので、大王や桂様にはそこを見ていただければと思う」
 実津瀬の言葉に皆頷いている。
「芹、あなたはいつもそばで実津瀬の苦労を見て来たから、どう思っているのかしら?今回は舞の型を考える苦労はないわね」
 すでに実津瀬から話を聞いている芹は少し考えてから口を開いた。
「ええ、でも、すぐに時間をかけて舞を覚えなくてはいけないし。きっと、与えられた一人舞を自分のものにしようとするでしょうから、大変なのには変わりないです」
 隣に座る夫に視線を移して言ったが、その顔は心配そうである。
「次は負けられないわね!実津瀬が悔いのない舞ができるならそれで良いのだけど、やはり勝負となると負けたくないわ。誰も負けていいなんて思っていないはずだから」
 と蓮がいった。
「蓮が言う通り実津瀬が悔いなくできるのがいいわ。勝負はその次。気負うことなく舞ってほしいわ」
 母の礼が言った。
 実言は今日の詮議で知っていたことだが、実津瀬がこの場で話したことで五条岩城は舞の対決、実津瀬の勝利のために一致団結して応援することを誓った。
 それから舞の対決が花の宴で行われることが正式に発表されて、関係者以外もその変更を知ることになった。
 その日典薬寮に出仕していた蓮は久しぶりに伊緒理と会えると胸の中は踊っていた。
 それに間が空いたが有馬王子の妃の一人で、岩城家出身の藍に会うことになっていた。
 蓮はいつものように板に書かれた症状に合わせて薬草の調合をしていると、藍のところに行く医師の準備のできたと伊緒理自ら伝えに来てくれた。
 賀田彦が薬草を片付けている間に伊緒理はこっそりと蓮を隣の間に連れて行き言った。
「今日は、あの場所に」
 蓮は頷いてにっこりと微笑み返した。
 あの場所とは、異国の人々が宿泊している航路館という邸のことだ。そこの空いている部屋で伊緒理と蓮は束の間の逢瀬を楽しむのだった。
「では、後で」
 藍のところに行く医師は珠洲矢という男である。
 付き添いの侍女が藍の部屋に通行証代わりの札を見せて、廊下を通過して、奥の部屋へと入っていった。
「藍様、いかがですか?」
 珠洲矢は座るなり尋ねた。
「ええ、寒くて風邪を引いてしまって、新年の行事には出られないことがあった。一人わがままをしているようで、大王、大后、そして有馬王子に申し訳なかった」
 と言った。
「有馬王子が言ってくださって、典薬寮から良い薬湯をもらいました。とても良い匂いがして、飲むと体の中が温かくなって楽になった」
 典薬寮の薬が良いと言われて、珠洲矢は深く頭を下げた。
「ありがたいお言葉です。ご信頼に応えられるように精進いたします」
 藍は自分の体調のことをあれこれと話した後、珠洲矢を先に下がらせて蓮をそばに来させた。
「しばらくね」
 藍の言葉に蓮は頷いた。
「随分と間が空きました」
「先ほど話したように新年の準備で忙しくて、風邪を引いてしまってね。だいぶ臥せていたのよ」
「はい。典薬寮の薬湯が効いたのですね。よかったですわ」
「そう。有馬王子も心配して見舞いに来てくださったわ」
 と有馬王子との仲睦まじい様子を話した。
 それで藍が懐妊したと言うという知らせが得られることを一族は待ち望んでいるのだが、まだ藍からはその話はない。臥せていると言うのに、有馬王子は寝所の中に入って藍の手を取り早く回復することを祈っているとおっしゃったのだ。
 藍の元から退出した蓮は典薬寮に帰ると、少し珠洲矢と話をした。
 蓮は藍に飲ませた薬湯とはどのような薬草なのかを尋ねた。体の冷えに効く薬草の名前を言うが、他にも多くの薬を配合しているはずだが、それは秘密なのだろう。話すことはなかった。宮廷に働く者たちの病気の症状と処方した薬草の配合を記している記録から、効果のあるものを見つけているのかもしれない。
 典薬寮を辞する時、伊緒理の姿はなかった。
 伊緒理は今日も忙しいのかしら?
 そうであれば、会える時間が少なくなってしまうと思って心配した。
 賀田彦に見送られて典薬寮の館を後にし、曜と共に宮廷を出て異国の人々が暮らしている江盧館へと向かった。もう何度もここを訪れているから、顔見知りも増えた。曜は待っている間、異国の人々の世話をしている侍女たちと仲良くなり、蓮が戻ってくるまでの時間を潰すのも楽しいらしい。
 蓮はすれ違う顔見知りに会釈し、曜と別れていつもの部屋へと上がって行った。これからどれくらい伊緒理を待つのだろうか。伊緒理が早く来られたらいいが……と思って妻戸を押した。
「やぁ」
 すぐに恋しい声が上から降ってきた。顔を上げると伊緒理が立っていた。
「伊緒理!もうここにいたのね」
「ああ、仕事も区切りがついたし、ここにいる陶国人に借りていた本を返さなければならなくてね、早くここに来たよ」
 そう言って、蓮の手を引っ張って部屋の中に入れると、背中に手を回して抱き寄せた。
「あなたの姿が見えなかったから、まだまだ仕事をしているのだと思っていたのよ。だからまだ会えないと思っていたわ」
 蓮も伊緒理の脇の下から背中に手を回し、その胴に抱きついた。
「あなたを驚かせたかったから、黙っていた。妻戸を押したあなたが嬉しそうな表情をしていたから私も嬉しい」
 と言って、蓮の頬に自分のそれをくっつけた。
 それから二人は向かい合ってあれこれと話をした。
 新しい年を迎えるのにお互い忙しくて会えなかったので話すことはたくさんあった。
「そう言えば、実津瀬の舞の対決は花の宴でやることになったと聞いたよ」
「まぁ、伊緒理の耳にも入っているのね」
「典薬寮は舞管弦などわからない者が多いが、あなたの兄のことだから、皆が興味を持っていてね。そんな話を聞いたと教えてくれる人がいた」
「そうなのよ。急に決まったみたい。もう花の宴まで時間がないから実津瀬は毎日練習しているわ」
「そう」
「もう、桃が咲くもの。宴はすぐね」
 蓮はその時だけは最近の兄の姿が頭の中を占領した。
「そうだ……三日後に私の邸に来てくれないか?」
「はい」
 と蓮はすぐに返事した。
「いつも申し訳ない。三日後はあなたとゆっくりと過ごせるからね」
 そう言って蓮の手を握った。
 蓮の頭の中はすぐに隣にいる伊緒理でいっぱいになった。

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