New Romantics 第ニ部STAY(STAY GOLD) 第五章10

小説 STAY(STAY DOLD)

桂は椅子から立ち上がると、左隣りにいらっしゃる大王に向かって話し始めた。
「大王、今宵、月の宴が開催できますこと、誠に喜ばしく、お祝い申し上げます。そして、宴の舞について、私のわがままをきいていただき、ありがとうございます。舞台に上がる舞手の一人は大王も何度もその舞をご覧になられている岩城実津瀬です。もう一人は、雅楽寮に所属する舞人で、昨年の月の宴で舞を舞った者です。私は、この二人の舞を観て甚く感心しました。そして、二人の真剣な舞を観たいという欲望に抗えず、大王に宴での舞の対決をお願いしました。大王の寛大なお心によりその対決をお許しいただきました。重ねて感謝いたします。ありがとうございます。二人はこの日、大王に最高の舞をお見せするために、たくさんの修練を重ねてくれました。その成果をこれから、大王と共に見ることができること、これまでにない幸せでございます」
 長く頭を垂れた桂が頭を上げた。
「いつも面白いことを考えつく桂がうらやましい。だから、何を置いてもお前の頼みは許可してしまうのだ。今夜も楽しみにしていた。ここにいる者たちも、今夜の舞の趣向を観ることが待ち遠しかったはずだ。早く見たいと思っているだろう」
「はい。私も胸がうずうずしています」
 桂は答えて、前を向いた。
「始めよう」
 逸る気持ちが現れた桂の声だった。
 舞台下の正面に移動していた麻奈見が上げた手を下ろすと、音楽は始まった。片膝を着いて小さくなっていた実津瀬が立ち上がった。それについて朱鷺世も立ち上がる。
 舞台後ろにある階を登り、舞台後方に鎮座する鼉太鼓の陰から、実津瀬と朱鷺世は舞台前に進み出た。
 並んで立つ二人に三方の観覧の間から多くの視線が注がれた。二人が身に着けている燃えるような紅い上着に息を呑む者がいた。紅い糸の中に金糸を織り交ぜた、煌びやかな衣装である。陽が落ちて、真っ暗闇の中に赤く燃える篝火の明かりに照らされてきらきらと光る衣装は二人の姿を引き立たせた。
 二人が登場したことによる観覧の間のざわめきが収まるまで、二人はしばらくの間突っ立ったまま待った。
 その間、繰り返しの音楽が流れているが、舞台下にいる麻奈見の合図によって、音楽はいつでも変えることができる。静かになったところで、麻奈見の合図により音楽が止んだ。そこから、鼉太鼓が連打されて、大きな音が響いた。それが舞を始める合図になり、音楽が変わった。
 直立していた舞手二人は、笙の音がひときわ強く鳴った時に、右手を前に出し、右足を引いた。
 音楽に合わせて実津瀬と朱鷺世の体は大きく動き、躍動する。
 並ぶとほぼ同じ背丈の二人は、手を上げた時もその指先の高さは同じだ。体つきもほぼ同じである。顔の雰囲気は違うが、遠目に見れば同じようなもので、観衆はよくも似た男を揃えたものだと感心した。
 前を向いていた二人が内側を向き、向かい合った。その間に、腕を交互に回して弧を描く動きは速くなったり、ゆっくりとなったりと音楽に合わせて変えていく。向かい合って、手を前に振り出し、足も一歩前に出す。すぐにその逆の動きをして元の位置に戻るという動きを繰り返しながら、二人は立ち位置を変えていく。大王や桂が座る正面からも、芹や淳奈がいる左翼の観覧の間からも、もちろん右翼の部屋からも二人の前、横、後ろ姿、手と足の動きがよく見えた。
 細かな動きと大きな動きの中でいつの間にか二人の立ち位置は入れ替わっている。
 再び正面を向き、二人は右手を上げて、南に上がる月に顔を向けた。手も顔も全く同じ高さに上がっており、その後に手を下ろし、顔を下に向ける瞬間も同時だった。
 月の宴を始めとした多くの宴に、舞と管弦は必ずくっついて来る。それぞれの宴の趣向として、一人が通しで一人舞う場合もあれば、物語の場面を切り取って演じるように、数人の一人一人がその場面場面を受け持って順に舞う舞台もあった。この宴の舞台も、いつもの舞台と変わらないはずなのに、今夜の舞は一味違う。桂はもちろんのこと、大王も吸い寄せられるように上体が前へと傾くのだった。
 音楽の調子は速くなり、それ合わせて二人の動きも速くなる。二人はどちらかが速い、または遅いということもなく、同時性を保っている。そして、音楽と外れることはない。気持ちよいくらいに三つは合っているのだ。その場で回転していた二人は鼉太鼓の音で正面を向いたて、ドンと右膝を突いてうずくまり止まった。
 そこから笙の音だけが始まった。
 実津瀬が前に進み出ると同時に、朱鷺世は後ろに下がった。
 笛の音がそこに加わり、明るい旋律が流れた。
 実津瀬と朱鷺世は全く同じ曲を使って舞う。楽器の演奏者たちはまったく同じ曲を二回演奏することになる。
 麻奈見は、二人の個性の光る舞に注目してもらおうと音楽は同じものにした。
 舞の始まりを知らせるように鼉太鼓が一度鳴らされて、実津瀬の舞が始まった。
 舞の始まりはゆっくりとした音楽に合わせて、ゆったりと手を広げて鶴の羽ばたきのように動かした。
 右へ左へと体の向きを変えたのは、手の動きを観覧の間の正面、左右、どこからでも見てもらえるようにと考えられた舞である。
 これまで何度も宴で舞っている実津瀬であるが、観ている者にとってその日の舞は特別に見えた。
 ここがよく見えるから、と義母の礼に前に来るように言われて芹は淳奈を膝に抱いて、観覧の間の最前列から実津瀬の姿を見ていた。
 芹にとってこのような公の場で実津瀬の舞を観るのは二度目である。
 結婚して間もない時に月の宴が催されて、夫となった人の舞う姿に見惚れたのだった。その時の記憶が蘇って来る。いや、その時よりも数段に技術の上がった美しい舞に感服する。
 夫はこの数か月は寝ても覚めても舞のことを一番に考えて、打ち込んできた。毎日庭で練習していた姿を見ていたから、どんなふうに舞うのか知っているが、本番の舞はやはり違っていた。何が違うかというと、まず一番に気迫が違っている。
 瞬き禁止と言わんばかりに、変化していく実津瀬の舞に芹は舞台を見上げたまま動けなかった。
 ゆったりと舞っていたはずが、いきなり足を上げて体を回転させる。それが合図のように、太鼓、琵琶、鉦の音が加わり、実津瀬の舞は激しくなった。
 伝統的な舞から少し外れて実津瀬は激しい動きを加えた舞を始めた。
 芹が淳奈の遊び相手をしてやっている時に、飛んだり跳ねたりと楽しそうに踊っていた姿を見て取り入れたのだ。優雅とは違うが、実津瀬はこれを取り入れることにした。
 練習の時に麻奈見に見せると、少し難色を示された。
「少し奇をてらい過ぎていないか?」
 と言われたが、実津瀬はそれでいいと思った。これまでと同じ舞をしていても面白くない。
 舞に打ち込むのがこれで最後と思うなら、これまでと違ったものを作るのがいいと思ったのだ。
 飛び上がる。跳ねる。蹲る。
 実津瀬は自由に舞った。
「とうさま……おかあさまみたい」
 舞台を見上げていた淳奈がくるりと母の方へ振り返って言った。
 淳奈と遊んでいた時に芹がやっていたような動きだから、淳奈は母を振り返って思わず言ったのだった。
「そうかしらね」
 芹は答えて、舞台に目を戻した。それにつられて淳奈も前を向き、再び父の舞に魅入った。
 実津瀬ったら……
 芹も分かった。
 淳奈と遊んでいた時の姿を見ていたのね。
 芹はくすりと口元がほころび笑みをこぼしたが、それと同時にじんわりと目元に涙が溜まった。
 なんだか一緒に舞っているみたい。嬉しい……。
「お母さま……どうしたの?」
 自分の膝に置かれた母の手に力がこもって振り返った淳奈は、母の顔を不思議そうに見上げた。
 涙が頬を伝っているのに、顔は笑っている。
「淳奈、お父さまの方を向いて、しっかり見ておきなさい」
 芹は、淳奈の頬に手を当てて前を向かせた。
 飛んで、着地したら跪いてと、音楽に合わせて激しい動きをしていたが、音楽は笛、笙の音だけになり落ち着くと、再び実津瀬は伝統的な型で構成した舞へと戻った。
 幼い頃から見よう見まねでやり始め、本気でやりってみたいからと麻奈見について何度も舞って磨きをかけて来た舞の型。
 一人で舞っていても見劣りしない実津瀬らしい流麗な動きが続き、音楽は再び琵琶や太鼓が加わった。速くなったり遅くなったりと実津瀬の舞を試すようなその音楽に、実津瀬は追いつき、そして追い越して行くような舞をした。
 観客たちは実津瀬が音楽に後れを取ったように見えたが、すぐにその動きは音楽とぴたりと合い、逆に音楽の先を行って、音楽が追いかけるように速くなるのを、息を呑んで見守った。
 最後は鼉太鼓のどーんという腹に響く音と共に、全ての楽器は止み、実津瀬も立ったまま動きを止めた。
 そこで実津瀬が作った一人舞が終わったのだった。
 ひときわ大きな音を出した鼉太鼓の音が体に響いて、観覧の間の観衆はその衝撃と舞が終わった感動で、しばらく静まり返っていたが、そこに拍手の音が響いた。
 桂であった。桂が手を叩き始めたのだ。それを合図のように、皆、手を叩き、止めていた息を吐き、舞の感想を口にし始めた。
 しかし、実津瀬が後ずさると同時に、後ろに控えていた朱鷺世が前に進み出て、実津瀬が立っていた場所に立った。
 観衆が実津瀬の舞の感動を咀嚼し飲み込めないうちに、次の舞が始まるのだった。

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