New Romantics 第ニ部STAY(STAY GOLD) 第四章14

小説 STAY(STAY DOLD)

 冬の終わり、人によっては春の始まりの時期。朝夕は気温が下がってまだ肌寒いが、日中は暖かくなった。
 蓮は、着込んでいた上着を朝餉を食べ終わった後に脱いで、今日の仕事である薬草の整理をしに倉へと向かった。
 今日は井と同じ組になって、一緒に倉の中に入って作業をしている。
 井は蓮にとても懐ついて、食事の時はよく隣に来て、一緒に食べている。蓮も妹の榧と同じ年頃の井がかわいく、慕われることは嫌ではない。今も都に住んでいれば榧にしてあげていた世話を榧にできない分少しではあるが、井にしてやりたい気持ちだった。
「蓮さんは薬草のこと、とても詳しいですね。ここに来る前から随分と勉強されていたのですね」
 薬草を見て、その名前をすぐにいい、どのような効能があるのかをつらつらと言う蓮に、井は感嘆の声と共に言った。
 蓮は自分の知っていることを話しただけだが、井のような医術や薬草に縁のない者に比べれば、蓮は多くの知識をすでに持っている。
 小さな頃から母が話していることを隣で聞いて来たし、多くの書物を眺めて来た。薬草園に行きたいと言って泣き、薬草摘みをしたいと言って兄と一緒に葉を摘んだ。幼い頃から見聞きしてきたことをやってみたいと思う無邪気な衝動で動いてきただけだったが、大人になった今は、母のようにはできないが、自分の仕事と思って精進したいと思っている。
「都にいる頃に、去様の弟子にあたる方のところで薬草作りや、写本のお手伝いをしていたのよ。だから、自然と薬草の知識が身に着いたのよ」
 去の弟子とは母の礼のことである。
「そうですか?だから、とてもよく知っておられるのですね。鮎さんよりも詳しいかもしれません」
 難しい顔をして井は言った。
 鮎は努力をして様々な知識を習得している。見習いの中では、一番の知識、経験を持った人物だ。その人と同等、またはそれ以上と言われるのは、誰かと比べることなく、母の元で見聞きして得たものだが、人に驚かれるほどの知識を習得していたことが蓮としては嬉しかった。
「去様もだけれど、都で教えを受けていた人も惜しみなく私に薬草のこと、医術のことを教えてくれたの。お二人のおかげで、ここでこうして勉強できているのよ」
「そうですか。でも、その知識を習得するために努力されてきたのでしょう?私、尊敬します」
「あなたも毎日、努力しているじゃない。私も尊敬するわ」
 井は嬉しそうに笑って、黙々と手を動かした。
 幼いころは、母から離れたくなくて実津瀬と二人で薬草園に行って、見様見真似で薬草を摘んでいた。写本をする母につられて、筆を持ち見本を見て真似をした。邸には異国から届いた本がたくさんあったから、美しい手蹟の見本がたくさんあり、またそれを飽くまで何度も書くことができる環境だった。
 私は恵まれていたのね……。
 蓮は改めて思った。
 そして、恵まれていた環境にただ乗っているだけではなく、しっかりと役割を果たしたいと思った。
「収める薬草はこれだけでしたっけ?」
 二往復して筵に載せて持って来た薬草を全部仕分け終わるころ、井が言った。
「いいえ。まだまだあるはずよ」
 薬草園の隣に建っている小屋には何段も薬草を干せる棚を作っていて、最初にそこから筵を持って倉に入っていた。
「あれ、誰か他に筵を持ってくるのではなかったかしら?」 
 蓮が言うと、井が。
「牧さんじゃなかったですか?この仕事一緒にするの!」
 と大きな声を上げた。
 蓮は組分けを思い出していた。確かに牧だった。
 どこで暇をつぶしているのだろうか。
 気にはなるが、牧を探している暇はない。あとどれくらい、倉に収める薬草が残っているだろうか。
 午後からは去が薬草について講義をすることになっている。それを聴くためには悠長に薬草を収める作業をしているわけにはいかない。
「急ぎましょうか?午後には去様のお話があるわ」
「はい。私も聞きたいです!」
 蓮と井は倉から飛び出して、薬草園に向かった。
 薬草園で作業をしていた鮎が蓮と井を見て声を掛けて来た。
「どうしたの?走ったりして」
 蓮が答える前に、牧の好き勝手な行動を言いつけたい井が口を開いた。
「牧さんがまたどこかに行っちゃったみたいなんです。だから、小屋から倉に薬草を運ぶ作業が遅れていて」
「まあ、そうなの!」
 気色ばんだ鮎は、すぐに近くにいた仲間に声を掛けて、蓮と井の手伝いを頼んだ。
「ここはもう目途が付いたから、井さんたちを手伝ってあげて」
 二人ほど蓮たちと一緒に薬草園の隣に建つ小屋に入った。
「これは!あと、二往復しないといけませんね」
 小屋の中の棚にはまだ筵が六枚あった。
「一人が一枚ずつ持って倉に行きましょう。その後は、二人は倉に残って薬草の整理をして、後の二人で取りに行きましょう」
 蓮の提案に皆が頷いて、筵を持つと倉に向かって走った。
 倉に着くと、蓮と手伝いの一人が残って薬草の仕分けを始めて、井ともう一人が薬草園の小屋に向かって、戻って来た。
「二人は息が苦しいでしょう。少し休んで」
 蓮は言うが、二人はすぐに倉の中に並ぶ引き出しに薬草を入れる作業に加わった。
 四人は黙って黙々と作業をして、何とかお昼には終わることができた。
 倉を出た四人は、その前で立ち止まった。
「二人とも助かったわ」
 蓮は言った。その隣で、井も頭を下げた。 
「気にしないで。お互い様よ」
 と二人は言って、食堂の方へ向かった。
残った蓮と井は一仕事やり終えたところで、脱力して息を吐いた。
「……もう、牧さんったら、どこに行っちゃったんでしょうね」
 井の言葉に、蓮は頷いた。
「牧さんを見つけたら話してみるわ」
 蓮はそう言ったものの、牧は心を閉ざしていて、話し掛けるそぶりを見せようものならぷいっと横を向いて逃げていってしまうのだった。
 二人は気を取り直して食堂に向うことにした。
 その時、母屋から出て来た一行が渡り廊下をこちらに歩いて来る姿が見えた。
 すぐに真ん中を歩いているのは去だと分かったが、その隣に付き添っている男がいる。後ろには去の侍女や男の医者が並んでいる。
 蓮はその男が誰なのかと予想をしたら、体が強張った。

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