New Romantics 第ニ部STAY(STAY GOLD) 第九章19

小説 STAY(STAY DOLD)

 実津瀬がしばらくの間、父は遠くに旅立ち、当分帰ってこないことを淳奈に教えている。
 淳奈はわかっているようで、寂しいという言葉を言ったが、しばらくすると父に数日後に一緒に庭を周ろうと言い出した。暖かくなり、池に入りたいと言うのだ。明日の昼から父はいないのだが。
 淳奈は六歳になったがまだまだあどけない子供である。
 中務省に所属している実津瀬は出発の三日前にその役を離れ、斎王を伊佐まで送る役目に付くことを命じられた。伊佐に行く経験は決して悪くないと、一族も実津瀬も前向きに捉えるようになったが、芹だけはそんな思いにはならなかった。
 伊佐に行かなければならないことは理解しているが、別れが寂しくて言葉少なである。それは実津瀬も五条の邸の者たちもわかっているから、父母兄弟姉妹たちは実津瀬とのしばらくの別れを惜しみながら母が息子のために考えた豪華な夕餉を食べると、早々に実津瀬と芹を離れに返した。夫婦二人の時間を作ってやろうという気持ちであった。眠たそうに目を擦る淳奈は天彦が抱き抱えて淳奈の部屋に連れて行った。
 離れの部屋に戻ると、侍女の槻と編も寝所の用意をすると、ご用があれば呼んでくださいと言ってすぐに部屋を出て行った。
「皆、私たちを気遣ってくれているようですね」
 芹は部屋の中のいつもの場所に置かれた円座に座ると言った。
「ああ、そうでなければ私が言っていたよ」
 隣に座った実津瀬が返事をする。
「……なんとおっしゃるの?」
「芹と二人になりたいから、部屋から出て行ってくれ、とね」
「まぁ!はっきりとおっしゃるのね」
「当たり前じゃないか。伊佐の往復は二十日はかかるだろう。天気によってはさらに時間がかかってしまう。そんなに長い間、離れることになるんだ。だから、今夜は誰にも邪魔されずにあなたと過ごしたい。毎晩、あなたと一緒に寝ていたのに、明日の夜からあなたはいないのだから」
 実津瀬は芹を立たせて寝所に連れて行き、御帳台の端に腰掛けさせてその前に膝をそろえて座った。
「あなたには苦労をかける。寂しい思いをさせる」
 芹の左手を握って言った。
「あなたは役目を果たさないといけないのですから仕方ないことです」
 芹は無理に笑顔を作って見せた。
 実津瀬は芹の左手の甲に口づけて立ち上がり、芹の帯を解き、さっさと下着も取り去り裸にして横抱きに抱き上げ御帳台の上に横たわらせて、自分は自分で衣服を脱ぎ去った。部屋の隅の灯明台の明かりが褥の上で横座りになって実津瀬を待つ芹の細い体を浮かび上がらせていた。実津瀬は御帳台に上がるとすぐに芹に覆い被さり、その唇を激しく吸った後、首筋、胸とその肌に唇を這わせ、いたるところに痕跡を残した。
 あなたを愛しているという痕跡を。
それはしばらくすれば芹の肌の上から消えてしまうだろうが、三瀬は芹の心に焼きつけられたらいいと思った。芹の足を開かせて、左の腿の内側に実津瀬の唇をつけて強く吸った。芹はくすぐったくもあり、痛くもあった。
「………実津瀬……」
 芹が呼ぶと、実津瀬は芹の内腿から顔を上げて視線を向けた。
「……来て」
 芹の言う通りに実津瀬は芹の隣に身を横たえて、吸っていた芹の腿を自分に引き寄せた。
 二人はお互いの肌を隙間なく合わせて、心ゆくまでまぐわった。
 仄暗い部屋の中に二人の吐息と体を擦り合わせる音が響くのだった。
 性交の後はすぐに体を離すことは難しく、実津瀬も芹もお互いの背中に回した手を緩めなかった。
「愛しいあなたを……一人寝させてしまうね。………一人寝に慣れてしまわないように早く帰ってくる。私がどれほど寂しく思っているか、あなたはわかってくれるだろうか」
「はい、でも、私の方がもっと寂しく思っているのよ。一人で寝ることに慣れることはないわ。毎夜、あなたが無事に目的の地に着くことを、無事に帰ってくることを祈っているわ」
 芹は実津瀬の頬に手を当てて言った。
「夜、眠りにつくときには私もあなたと淳奈が一日何事もなく無事であることを祈るよ」
「はい」
 実津瀬の愛撫に芹は再び吐息を漏らした。
「あなたを当分抱けないのだから、許しておくれよ」
 その通りだと思う一方、誰かが一人寝の夫のそばに横たわり、その欲を満たしていたらと思うと芹は胸が締め付けられた。
 芹には一つの予感があった。自分の体の中に起こっている変化を感じているのだ。確信まではいかないが、多分そうだろうと思う。
 これを今、実津瀬にいうべきだろうか。
 言えば、実津瀬はどう考えるだろう。
 それは夫が都に帰って来る大きな理由になるのか、それとも、夫の自由を奪うことになるのか。
 伊佐の地に行っても夫の心は芹を恋しく思ってくれるだろうか。もしかしたら、違う思いが芽生えてその思いに従いたいという心境の変化があるかもしれない。その時に芹のせいで従えなくさせるかもしれない。
 だから、この予感は自分の心の中に置いておく。
 これは正しい判断だろうか………。
 夫を信じていると言いながら、夫を試すことになる。
 これは賭けである。一縷の望みを抱いて。
 夫が何の躊躇いや憂いなく都に帰って来る理由は、今予感している体のことではなく、真に芹への愛であると知りたいのだった。
 願い通りに実津瀬が都に帰って来たなら、その時はこの予感の結果はわかっていて、その結果を知ってもらえばいいのだ。たとえ叱られてもそれは仕方のないことだ。

 翌朝、二人は部屋に白々と差し込む朝日で目を覚ました。
 昨夜のお互いの体を貪るように愛した後では、いつもと同じようには起きられなかったが誰も部屋にはよってこない。
 芹は目が覚めると部屋がいつもより明るいのに驚き、体を起こした。後ろから手が伸びて、実津瀬が芹の腹に腕を回して後ろに倒した。
「きゃあ」
「そんなに慌てることはないさ。まだ時間はある」
 実津瀬は言って、芹の胸の間に顔を寄せた。
「ああ、あなたと離れたくない」
 そう言って芹の肩に頭を置いて、首筋に口づけした。
 芹の体のあちこちには実津瀬に吸われた後があるが、これでまたひとつ増えた。
 実津瀬がすぐに芹の唇を吸ったまま、手探りして腰のあたりに落ちた衾を引き上げると、それを被って実津瀬は最後まで芹を愛した。
 やっとの思いで褥から出た二人は準備に取り掛かった。
 芹が縫った下着と着ていく衣服を入れた箱を引き寄せ下着の袴を取り出し、実津瀬が足を入れやすいように広げた。実津瀬は芹の手から墓の端を受け取って足を入れて腰紐を結んだ。胸の前を合わせて留めるための紐を芹は左手の指がないため結べないので、実津瀬が自分で結んだ後に、芹は左手をその胸の上に置いた。実津瀬は自分の手をその上に重ねた。
「あなたの献身に私は助けられている。やはり、私はあなたがいなくてはいけない。伊佐に斎王を送り届けたらすぐに帰って来る」
「……はい……道中は険しい道も多いと聞きました。怪我をされないように、肌にいちばん近いこの布があなたを守ってくれますように」
 芹は手を置いた反対の胸に頬を置いて、下着に涙を染み込ませた。
 心は決まると二人は顔を上げた。実津瀬の顔を見ると芹は素直に微笑むことができた。
 それから宮廷に着て行く衣装を身につけて隣の部屋に移り、芹が自分の櫛で丁寧に実津瀬の髪をといて、一つに結って頭上にまとめたところで、起きて待っていた淳奈が部屋に入って来た。
「淳奈、私は伊佐というところに行くお役目のため、お母さまとあなたのそばをしばらく離れる。その間、お母さまを守っておくれよ。頼んだよ」
 淳奈は父の前に膝をそろえて座り、いつもと違う父の雰囲気に隣に座る母と交互に見ながら神妙な顔をして聞いていたが、父がいなくなると思ったら急に寂しくなったのか、表情を崩して泣き顔になった。
 実津瀬は淳奈の頭を撫でて言った。
「泣いてはいけない。お母さまを守るのは淳奈の役目とお願いしたよ」
 淳奈は父に言われて、涙を引っ込めて。
「はい」
 と返事をした。
 母屋の広間に行って両親、兄弟姉妹たちとしばしの別れを惜しむ言葉を交わし、皆に見送られて実津瀬は宮廷に向かった。
 時刻は正午前。
 これから宮廷では斎王の伊佐出発の儀式が行われる。
 儀式を見届ける王族、高位臣下はすでに応急の謁見の間の決められた場所に座っている。大王が部屋に入ってこられ座られると儀式は始まった。大王の前に美しく装った桂が座って、別れの挨拶をした。
 実津瀬も末席に座ってその様子を見た。
 いつもと変わらない桂は、大きな声ではっきりと伊佐で斎王としての務めを果たすと誓いを述べた。それに応えて大王はその働きに期待と感謝の言葉をおっしゃった。
 儀式が終わると、桂は部屋を出て、準備が整うと輿に乗った。斎王の伊佐にいく行列積には馬に乗って輿の前を先導する者、後ろを守る者がいる。その後ろを一緒につき従う者たちが列を成して王宮を出て、大路を進んで都を出て行く。皆、この日のために仕立てられた煌びやかな衣装を着て、馬にも美しい飾りを纏わせている。
 大路を通行している者は左右に分かれて立ち止まってその行列を眺め、斎王の行列が通っていると聞いた者たちが見物しようと別の路から走ってきて集まり、大路の両脇には人垣ができた。
 宮廷の門を出ると男たちは肩まで輿を担ぎ上げて、行列はゆっくりと大路を進む。一目で斎王がどこにいるかがわかり、皆、その豪華な衣装と頭につけた飾りに目を奪われた。
 多くの人の目が集まり、ときに感嘆のため息や斎王への賛辞の言葉が聞こえて、桂は良い気持ちになった。
 都の人々に羨望、尊敬の眼差しで見られ褒められないと、とてもやりきれない。
 全てを置いて伊佐に行くのだから。
 列の先頭は羅城門をくぐった。桂は近づいてくる羅城門が目に入るとそっと目を閉じた。しばらくそのままで、目を開けたときには羅城門はすぐ目の前にあった。
 ここをくぐれば都の外に出てしまう。いつ、ここに戻ってこられるかわからない。
 桂は後ろを振り返った。真っ直ぐに伸びる大路の奥には宮廷に入る門が見えた。そして、その中にある王宮の屋根が見えた。
 惜別の思いが込み上げてきた。桂は最後に見るかもしれない都の景色を目に焼きつけた。前を向く前に腰の後ろにいる実津瀬と目が合った。一瞬、見合って、桂は顔を前に向けた。
 ちょうど、門をくぐるために輿を担ぐ者たちが肩から下ろすところだった。視界が低くなり狭まって、門を抜けるとそこは都とは比べものにならない世界が広がっていた。

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