New Romantics 第ニ部STAY(STAY GOLD) 第九章9

小説 STAY(STAY DOLD)

 いつものように几帳の後ろに設てる褥の上に上がると、伊緒理は伏し目がちな蓮の顔を上向かせて伊緒理は再び蓮の唇を吸った。蓮の帯を解き、肌着も剥ぎ取った。蓮も同じことを伊緒理にして、裸になった二人は肌を合わせた。
 伊緒理の愛撫はいつもよりもねっとりと絡みつく。そして、体を合わせても伊緒理は蓮を強く抱いて、蓮は息ができなくなるほどだったが、蓮も伊緒理の体にとりつくように腕を回して伊緒理を抱き返した。今は伊緒理のことで頭も心も体もいっぱいだ。
 性交の後も伊緒理は蓮の体を離すことなく自分の胸に載せて、二人は愉悦の余韻に浸った。しかし時間が経つと、蓮は伊緒理にいつ話を切り出そうかということで頭の中はいっぱいになった。
「……蓮……蓮……」
 頭の上で自分を呼ぶ声に蓮は我に帰った。
「どうしたんだい……」
 心配そうに覗き込む伊緒理の言葉に蓮は身を起こした。
 まぐあいの間に髪は乱れ、顔に髪が降りかかっている。そのままで蓮は伊緒理に向いて言った。
「……伊緒理に言っておかなければならないことがあります。あの……後宮での鷹取様とのこと……」
 伊緒理も体を起こし、蓮に向き合った。
「あなたに言っていないことがあるの……。火事の日のことで……」
 伊緒理は黙って蓮の左手を取った。
「あの日、私は、火の燃え盛る建物の中に逃げ遅れた人を助けに入ったの。その人たちの元に辿り着いたら、奥に入りすぎていて火に囲まれた。どうやって逃げ出せばいいかと思っている時に、現れたのが鷹取様だった。鷹取様が身を挺して私と逃げ遅れた女人を守ってくれたの。そのため、鷹取様は腕に火傷を負われて……腕を冷やすときに二人で話をしました……。話と言っても火傷の手当てについて話したの……だから、伊緒理に話すには及ばないと思って。……後宮で会った時、鷹取様が何を話したかったのかはわかりません。でも、何を話されても私には関係のないことだから、聞く必要はないと思ったの。それであの時はそう答えのよ……」
 蓮は景之亮のことを黙っていたことをなんというか、怖くて顔を下に向けた。その時、蓮の膝の上には伊緒理が握ってくれている左手が見えた。その手を一度強く握られて、伊緒理は話し始めた。
「鷹取様があなたの夫だったということは知っていたよ。陶国から帰ってきて、すぐに調べた。あなたが結婚して、幸せに暮らしているなら、私はいうことはない。その後、束蕗原に通っていたある時、去様からあなたが夫と別れて、束蕗原にいることを聞いた。私は……密かにあなたが一人になったことを喜んだ。あなたの幸せを願っていたが、その役目を私ができるならなお良いと思った。あの大雨であなたが行方知れずになった時、あなたを見つけたのが私だったから、あなたと私の縁はまだ繋がっていると思った。その時から、あなたが私を許してくれるのであれば私はあなたを得るためにどんなことでもしようと思った。だから、あなたの元夫のことを私は気にしていない。あなたが聞く必要ないというなら、そうだろうと思う。蓮、あなたが思い悩むことはない。鷹取様が何を言ってきても、私はあなたの言葉だけを聞くのだから」
「ええ」
 蓮が頷いて顔を上げると、伊緒理は蓮の体を抱きしめた。蓮は伊緒理の肩に頭をのせて伊緒理の温かさに身を委ねた。
 今の伊緒理の言葉で景之亮に何をいわれても、蓮の心を揺らしたりしないはずだ。
「泣かないで……」
 伊緒理は自分の胸で咽び泣く蓮の顎に指を入れて上向かせた。
「私はあなたを悲しませない」
 そう言って蓮に口づけた。
「もし、あなたがよいなら、私が鷹取様と会おうか。あなたを悩ませることはすぐに解決したほうがいいだろう」
 唇を離しても顔を近くに置いたまま、伊緒理は言った。
「会わなくいいの。鷹取様は昔の人よ……火事の中、助けていただいたのはありがたかったけど、それだけよ」
 と蓮は返事した。
「そう。では、これであの日の話は終わりだ。あなたが鷹取様のことで気に病むことはない。……今は私の仕事も落ち着いた。そろそろ私の夢に向かって進もうと思っている」
「ええ」
「あなたとの夢を叶えるために、一つ踏み出せる。典薬寮にも話を通そうと思っている。また、実言様にもお会いして、あなたとの仲をお話ししたいと思っている」
「はい」
 蓮は伊緒理の言葉に嬉しさが込み上げた。
「誰の目も気にすることなく二人で暮らそう。一日でも早くその日が来るように、私はどんなことでもするよ」
 伊緒理は言うと、蓮の左手を取ってその甲に口づけた。
 そこから伊緒理の優しさが体を駆け巡る思いがして、蓮は一筋、涙がこぼれた。
 

 実津瀬が宮廷の中務省の館で仕事をしていると、机の前に見習いの青年が立った。
 陰が差して、実津瀬は顔を上げた。
「扉のところにお客さまがいらしてます」
 その言葉で実津瀬が扉の方に顔を向けると、それが見えたのかそっと顔だけ覗かせた男がいた。
 それは、桂のところの若い従者、太良音だった。
「わかった」
 実津瀬は机から立ち上がり扉の前に行った。
「お呼びして、申し訳ありません」
 太良音は言って頭を下げた。
「……桂様に何か?」
「我が主人が、岩城様にお話ししたいことがあるので、都合をお伺いして来いとおっしゃいまして。今日、お仕事が終わってから宮に来ていただけますか」
 先王の崩御の直後はその悲しみを聞いてほしいと呼び出されていたが、最近はその呼び出しもなかったのに。
 何かあったのだろうか。
 いずれにしても、今日行かなければ、ではいつならいいのか、と問われて逃げられることはないし、桂に何かあったなら、それを知っておくことも悪くはない。
「では、もう仕事が終わるので、片付けてすぐに宮に伺います」
「このままお待ちして……」
「一人で行けます」
「はい。では、私は先に戻ってお待ちしています」
 そう言って太良音は扉から離れて行った。
 伊緒理は踵を返して机に戻ると、太良音の伝言を持ってきた青年が近寄ってきた。
「今日はこれで仕事は終わりにするよ。これは巻いて、上に渡しておいてくれないか。あとは、明日やるので」
 実津瀬は言って、箱に置いていた巻物を三本手渡し、上司に渡すように言い、机の上に広げていた紙と札をまとめて箱に入れて棚に置きに行った。
「岩城殿、お帰りか?」
 知り合いから声をかけられ、実津瀬は答えた。
「ええ、用があったのを忘れていました」
 実津瀬は一人、宮廷の門をくぐって佐保藁の宮に向かった。
佐保藁の宮の正門に来ると、太良音が内側に立っていた。
「ああ、いらっしゃいませ。先に帰ってきて、ここで少し用事をしておりました」
 太良音は門を守る者に一言言って、実津瀬に向き直った。
「ご案内します」
 太良音は先に立って歩き出す。庭を横断するので、いつもの場所に桂がいるのだとわかった。
 いつもの場所とは、庭に面した石畳を敷いた部屋である。扉を開け放てば陽の光がたくさん入る部屋だ。しかし、今の季節は石畳から冷えが立ち登ってきていいことはないはずだが。
 案の定、太良音は庭に面した桂お気に入りの部屋の前に導いた。
「部屋の中にいらっしゃいますので、どうぞお入りください」
 いつもなら太良音が先に入って来客を知らせるのに、今日は一人で入って行けということのようだ。
 実津瀬は頷いて、扉の前に立った。
「失礼します」
 そう言って、扉を押した。
「太良音か?」
 という声が聞こえた。
「いえ、岩城実…」
「実津瀬!来てくれたか!」
 扉の影から実津瀬の顔が半分見えると桂は言った。
 机の前から立ち上がって、実津瀬に歩み寄った。それを見て実津瀬も急いで桂の前に向かった。
「来てくれて嬉しい」
 久しぶりに会う桂は頬がほっそりとして体も痩せたように見えた。豊満な女人だったはずなのに、香奈益大王の死がどれほどの悲しみ与えたのか、と想像した。
「何かございましたか?」
 実津瀬は桂の前で立ち止まると尋ねた。
 実津瀬を見上げた桂は実津瀬の問いかけでその瞳を潤ませると、両手を広げて実津瀬に抱きついた。
「桂様?」
 実津瀬は桂の様子に驚いたが、そっとその背に手を置いた。
 桂は必死で涙、泣き声をこらえて、やっと声を発したが、その声は震えていた。
「今朝……大王の遣いが来た」
「大王の?どのような御用で?」
「私への頼み事だ……」
「桂様に頼み事を?」
「そうだ」
「どのような頼み事なのですか?」
 実津瀬に抱きついたまま実津瀬の問いに答えていた桂は顔をあげた。その顔を実津瀬は覗き込むと、桂は目の縁は赤くなっている。
「桂様?」
「座って話そう。実津瀬にくっついていたら温かいが、足は冷える」
 三瀬は炭櫃の前に椅子を二脚並べて言った。
「さ、桂様、どうぞこちらへ」
 実津瀬に促されると、桂は右手を差し出した。実津瀬は桂の手を取り、椅子の前に連れて行った。
 桂はすとんっと椅子に座ったが、その時も実津瀬の手を話さないため一緒に実津瀬も座ることになった。
 炭櫃の中の火が爆ぜって音を出したが、桂は驚くことなくじっとその赤々と燃える火を見つめている。
「桂様?何があったのですか?」
 実津瀬が言うと、桂は顔を炭櫃から実津瀬に向けて言った。
「伊佐に行けと言われたのだ」
「伊佐に?」

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