New Romantics 第ニ部STAY(STAY GOLD) 第八章4

小説 STAY(STAY DOLD)

 東の空が白くなり夜が明ける。
 芹はいつものように目が覚めた。
 胸の上に手をやってその上にあるものをそっとゆっくりと大切に抱きしめた。
「う……ん」
「……あなた……」
「うん……朝か」
 実津瀬は芹の胸の上で呟いた。
「ええ、夜が明けるわ」
「まだ寝ていたいなぁ……」
「……そうね」
 芹は言って、次の。
「久しぶりに」
 という言葉は、実津瀬と同時になった。
「芹とゆっくりと一緒に寝られたというのに」
「あなたと一緒に過ごせたのに」
 とそれぞれが言った。
「あはは」
「うふふ」
 声が揃い、ほぼ同じことをそれぞれ同時に言い合ったので、実津瀬と芹は笑い声を漏らした。
「でも、そろそろ起きなくてはいけないわね」
 新嘗祭の準備で中務省に勤める実津瀬は仕事が忙しく、宮廷に泊まる、または宮廷に近い本家に泊まって時間をやりくりして仕事をしていた。たまに五条に帰ってきたが、その時間は夜遅くの皆が眠っている時か、昼間だった。昼間も芹と淳奈の顔を見たら、着替えてすぐに宮廷に戻って行った。
 新嘗祭とその翌日の宴、そしてその後片付けも終わったので実津瀬の仕事も一段落したのだった。
 新嘗祭が終わって三日後、母屋で両親や妹弟、妻と子と共に食事をし、早めに切り上げて実津瀬と芹は夫婦の部屋で二人差し向かいで話をした。
 そこで、実津瀬は言った。
「来年の月の宴なのだけど……」
「舞の対決ですか?」
「うん……受けようと思う」
「そう……」
 実津瀬は芹に今年の月の宴が終わってすぐに桂の邸に呼ばれて、来年の宴の対決も受けて欲しいと頼まれたことを帰って来てすぐに話した。その時は今はそんなことは考えられない、と言って答えは保留にしたと言っていたが、どんな心境の変化か、受けるという。
「……そうなると、新年を迎えた後は、仕事や一族のことに加えて舞の準備も始まって忙しくなるよ。昨年勝負を受けた時は今回限りのことだから、と言っていたのに三年も続けてしまうなんて、考えもしなかった。芹にも苦労や心配をかけるね」
「いいえ、私は……あなたの体と心が心配なだけ。特別に練習をして体は疲れてしまう。新しい舞の型を考えて難しい顔をしているのを見るのが辛い時もあるわ」
「うん……今回は早くから準備ができるから今年や昨年ほどは忙しくならないようにするつもりだ」
「ふふふ……そうだといいわ」
 果たして実津瀬にそんなことができるだろうか。言うように時間は今年よりもあるだろうが、もっといいものを作ると努力するはずだ。それを心配しているのだが、芹は口には出さない。
「……その答えをもう桂様にお伝えしたの?」
 芹が言った。
「いや、まだだよ。まずはあなたに話してから。あなたが止めろと言うなら私は止めるつもりだ」
「もう、私がそんなことを言うなんて思っていないくせに」
 芹は頬を膨らませて言った。
「あはは。でも……私が忙しくするのが嫌だとか、言ってくれてもいいんだけど」
「まぁ、その気持ちはあるわ。今日までもお仕事でここに帰って来られなくて、寂しい気持ちだったの。……でも、この勝負をするのかしないのかはあなたの意思で決めなくてはいけないでしょう。来年は決まってしまうもの。都一の舞人はどちらかと言うことを。あなたはそんなもの興味ない、と言うかもしれないけど、きっと欲しくなるわ」
「そうかな?」
「いや、都一になることに興味はないかもしれない。でも、挑戦しなかったことは後々後悔するかもしれないわ。後悔はして欲しくないわ」
「そうだね……」
 実津瀬は芹の手を握って、立ち上がり寝室の御帳台の上へと連れて行った。
 そして、翌朝。
 芹は御帳台の上から動きたくないと言う実津瀬と話していたのだった。
「ああ、体を起こそうか」
 実津瀬は芹の胸から顔を上げて、上体を起こした。
 昨夜、実津瀬と御帳台に上がって、愛の行為の前に二人で脱がしあった上着や下着、帯が枕元や襖の上に散らばっている。その中に実津瀬は手を伸ばした。
 胸の上の重しのようになっていた実津瀬が起き上がって芹も体を起こした。何も着けていない肌は、霜月の夜明けの寒さに粟立った。肩をすくめて二度身震いした後、くしゃみをした。
 実津瀬は芹の上着を引き寄せて、肩に着せかけた。
「あなたも何か羽織らなければ」
「私はいい。芹が風邪を引いては大変だ。……私はあなたの体が大事だから」
 そう言って、実津瀬は芹を抱き寄せた。
「……実津瀬」
 芹も実津瀬の裸の背中に腕の下から手を回して抱きついた。
 実津瀬の言葉は芹のお腹に次の子供が宿っていたらということを言っているのだ。二年前に流産して、再び子供ができるのかと、芹は一人考えていたが、実津瀬はできると思っているようだ。実津瀬は両親を手本にするように、妻は芹だけだ。他に妻を作って子供を生すようなことはしないはずだ。
 子供はまだか、と聞いたりはしないが、心の中では淳奈がいるものの、できることならもう一人、二人と子供が欲しいのだろう。実津瀬は兄弟が多く、仲が良い。淳奈に兄弟を作ってやりたいと思っているだろう。芹も妹がいることが心強かった。愛の行為が絶えていないのだから、次に子供ができるのは自然だし、芹も淳奈に兄弟を作ってやりたい。
「……予想もしていない時に望んでいたことが叶うことがあるからね。温かくして」
「はい」
 芹は素直に頷いて、実津瀬の胸に顔を埋めて言った。
「今夜はいつもの通り帰って来るのでしょう?」
「うん……帰りに寄るところがあるが、日が暮れるまでには帰ってくる」
 実津瀬の声は少し言い淀んだ。
 芹は実津瀬のいう寄るところに思い当たるところがあった。それをためらう事なく尋ねた。
「桂様のところに行くの?」
 実津瀬は芹の頭から顔を上げて、芹の顔を覗き込んだ。
「……そうだ。私の心が決まったので、それを早くお伝えしなくてはと思ってね。雅楽寮との調整もあるから。お伝えしたらすぐに帰ってくる。今夜は芹と淳奈とゆっくりしたいからね」
 そう言って実津瀬は笑った。
「では、夕食はあなたの好きな焼いた魚を用意するわね」
 実津瀬は頷いて御帳台から下りて、支度に取り掛かった。
 芹は実津瀬の背中を見つめた。桂のところに行くだけなのに、その行動がなぜか芹の心をチクっと刺すのだった。
 舞が好きな桂は才能のある実津瀬と対決相手の朱鷺世という雅楽寮の舞人が共にお気に入りだ。しかし、夫の方を特に気に入っているように見える。
 桂は夫を呼び出し、何かと話し相手にしている。ただそれだけだと言うのに落ち着かない。
 夫を桂に取られるのではないか。
 舞を理解する桂と話が合い、桂と気持ちが通じ合うのではないかと思うのだった。
 それは愛する夫の背信を疑うことになる。
 そんなことはないと信じているのだが、なぜか心が痛いのだった。

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