New Romantics 第一部あなた 第三章11

小説 あなた

「えー!実津瀬!どういう風の吹き回しだ?」
 塾の帰り、鷹野は実津瀬の言葉に驚きの声を上げた。 
「笛を吹きに行きたくなってね」
 実津瀬が明日の踏集いに一人で行くと言い、その理由を訊ねた答えが先ほどの笛が吹きたいだった。それは嘘だと、鷹野は疑いの目で実津瀬を見ている。
「実津瀬、あれほど踏集いに行くのを嫌がっていたのに、笛が吹きたいなんて理由を私が信じると思っているのかい。馬鹿にしないでくれよ」
 実津瀬は隣で頬を膨らませて言う鷹野を見て、全くその通りだと思って、変な嘘をつくことはやめた。
「実は、会いたい女人がいるのだ」
「え!……ええー‼」
 鷹野は上体をのけ反らせて驚いた。
「え!え!いつの間に!」
 鷹野は上体を元に戻すと、実津瀬の腕に腕を絡めて離さず、言い寄った。
「どこの娘だ!どこで、どうなった!」
 耳の近くで大きな声で訊くものだから、実津瀬は鷹野の顔から耳を遠ざけた。
「うるさいな!話をするから、大きな声を出さないでくれ」
 鷹野は頷き、実津瀬の腕から手を離した。二人は肩を並べて、本家への道を歩いていく。
「須原という家の娘だ。父親は民部省の須原様。私の父とは知り合いのようだ。どのような仲なのかは、知らない……」
「ふうん。その娘が踏集いに来ていたのだな」
「須原の娘と知るのは後で、踏集いではどこの誰なのか、わからなかったのだ。私もその女人も出会いななど興味がないからあの広場から逃げて来て、林の奥にある池のほとりで出会った。そこで、少し話をしただけだ」
「ほう。どうやって須原の娘と知れたのだ?」
「それが……父上に頼まれたお使いで、須原様に物を届けに行ったのだ。須原様は不在で代わりに娘が出てきた。須原様には娘が二人いるようなのだ。年の近い姉妹で、二人とも踏集いに来ているのが、私が池のほとりで話をしたのは姉の方だ。通された庭の階の上と下で、私たちは唖然としたよ。仕組まれたように出会ったのだから」
「ほほう」
 鷹野は無駄な言葉を挟まず相槌を打った。
「踏集いで、池のほとりで出会ったことを私は誰にも話していない。彼女も同様だと思う。一度だけ二人でいるところに妹が姉を探しに来たことがある。だけど、妹も私がどこの誰とはわかっていなかったはずだ」
「そうなのか?」
「邸に行った時、私の顔は覚えていたが名前は知っていなかった。だから、事前に踏集いで私と出会ったと父親には言えないはずだ。姉が男と話していたとは言ってもね」
「踏集いに実津瀬が来ていることは知れている。血眼になって聞き回って、男を実津瀬と突き止めたのかもしれない」
「うん。しかし、須原邸での出会いは父上を巻き込まなければならないんだ。父上が私に頼まれてくれないかと言い、須原の邸に行くことになったのだから。……だから、単なる偶然とは思えない……父上が仕組んだことなのか……そうとしたら、父上は何を考えているのだろう」
「ふうん。確かに……な」
「岩城一族のことだ。監視の網を張っている。踏集いでの出来事を全て我々の父上が知っていてもおかしくない」
「私と里とのやり取りも、父上に報告されているかもしれないのか……」
 鷹野は頭を抱えるように両手を上げた。
「あり得ることだ」
「実津瀬のことは……実言伯父上が……仕組んだことなのだろうか?それはどうしてかな?」
「うん……父上は蓮の結婚相手を引き合わせた。それと同じことなのかな……。須原の娘のことをどこかで知って、いい娘だから私に引き合わせようとしたのか……」
「結婚相手……か」
「私も年が明ければ位を得て宮廷に上がる。そろそろそのような相手をと見つけてくれたのかもしれない」
「で、明日の踏集いにその女人は来るのか?」
「わからない……。須原の邸を訪ねて、あの庭の階の下で女人を仰ぎ見るまで私はあの女人が須原の娘とは知らなかった。でも、あの女人は私に仕組まれたと思ったかもしれない。須原の娘と知って近づいていたのだとね。そう思っていたら、来るだろうか」
「そうか。来ない確率が高いかなぁ」
「もし、来たら、誤解を解きたいのだ」
「実津瀬は、誤解を解きたいだけなのか?それとも、その女人ことが気になっているのか」
 実津瀬は頷いた。
「そうだ。誤解を解くとか関係なく、会いたい」
「ふうん。私も明日、実津瀬に付いて行こうかな」
 鷹野が言ったら、ちょうど本家の裏門の前に着いた。
「ついて来ても何もすることはないさ。鷹野は里のことに集中した方がいい。私のことはここまで話したんだ。明日の結果は教えるよ」
 そう言うと、実津瀬は一人邸に向かって歩き出した。
 あの女人……名前は芹という……は来るだろうか……。何か理由を付けて来ない可能性は高いと思うが……私が会いたいと思うように、彼女も会いたいと思っているかもしれない。それは、恋とかそう言う気持ちでなくとも。
 いろいろと考えても仕方がない。明日、あの場所に行けば全てがわかることだ。
 邸に戻った実津瀬が部屋で寝転んでいると、夕餉時に蓮がやってきた。
「あれ?景之亮殿が来ていたのではないの?」
「ええ、でも、お帰りになったわ」
「夕餉を食べて行ってくださればいいのに」
「そうね。私もお願いしたけど、これから伺うところがあるとかで、お帰りになったの」
「そうか、お忙しい方だ。父上からもいろいろとお願いされていることがあるようだから、その関係かな」
 実津瀬の言葉に、蓮は考えを巡らせた。女の私には話していないけど、お父さまからお願いされていることもあるのね、と。
 蓮は気を取り直して、実津瀬を見た。
「だから、私と一緒に夕餉を食べましょう。小さな子達はお母さまたちと食べたみたいだから」
 実津瀬が頷くと、蓮は自分の部屋に戻ってから侍女の曜と準備をし、膳を運んできた。
 兄妹が膳を挟んで向かい合った。
「最近は二人で食べることもなかったな」
「そうね。実津瀬も私もなんだか忙しかった」
「どうだい、景之亮殿はよく訪ねてくださるのだろう」
「うん。とても優しい方……私、嬉しいわ……」
 実津瀬はそう言うわりに暗い表情する蓮を見逃さなかった。
「ん?どうしたの、嬉しいと言うわりに浮かない顔だ」
 蓮は椀から粥を掬って、口の中に入れた匙をしばらくくわえたまましばらく考えた。口から放すと椀を置いて話し始めた。
「……早く、結婚したいの。でも、景之亮様は慎重みたい。大切にされているとわかっているけど……」
「そうか……景之亮殿は前にお話した時におっしゃっておられた。まさか、蓮が自分を選んでくれるとは思っていなかったと。だから、……急なことで周りの状況を整えようとされているのだろう。景之亮殿には考えがあるのだと思う」
「私も……そう思っているわ。だから、別に大きな不満ではないのよ」
 と言って、蓮は明るく笑ったつもりだった。
「うん、でも、無理をすることはない。その様子では景之亮殿には自分の気持ちを言えていないのだろう。あの方には正直に言ったらいいのではないか。きちんと話を聞いて、蓮の気持ちに応えくださるだろう」
「ええ、そうね。私もそう思うわ」
 蓮はにっこりと笑った顔を実津瀬に向けた。

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