New Romantics 第ニ部STAY(STAY GOLD) 第十章9 最終回

小説 STAY(STAY DOLD)

「美しい庭ですね。よく手入れされている」
実津瀬は佐保藁の宮を守っている斎王の舎人に言った。
実津瀬は佐保藁の宮の庭にいて大勢で藤の花を見ている。ここには他に岩城稲生や鷹野、実津瀬の学友たち、五、六歳年下の若者たちが招かれている。
今、佐保藁の宮の主人はいないが、主人はこの素晴らしい庭を自分だけのものだけにすることを好まず、主人がいなくても人々を招き入れて見せるように宮を守る者にいいつけて旅立った。主人がいなくてもこの美しい庭は梅が咲く頃には梅見の宴が、桜の頃ももちろん花見の宴が季節季節で催され、都の王族貴族たちに愛でられている。
今回は新緑の宴で、実津瀬たちとそれより少し若い世代を呼んだ集まりである。
今日の宴で舞をする実津瀬より若い青年が実津瀬を見つけると近寄って来て、恐縮しながら言った。
「岩城様の前で舞うのは気が引けます」
都一の舞手と言われた実津瀬が観るので事前に自分の未熟さを打ち明けておきたいと思ったのだ。
「私も君と同じ歳の頃は好きで舞っていただけだった。今舞えるものを見てもらえばよいのだよ」
実津瀬は自分の同じ歳の頃のことを思い出した。舞うことが楽しくて、褒められると嬉しかったことを思い出していた。
「主のいない宮だが、それを感じさせないなぁ」
藤の花の下に入って花をしたから見上げて稲生が言った。
「実津瀬は……ここの主によく言い寄られていたことを思い出すな」
稲生はこの宮での印象的な出来事を思い出し、にやけた顔を実津瀬に向けた。
「………」
実津瀬はすぐに言葉を返すことはせず、まずは苦笑してみせた後。
「ここに来たときは毎回何を言われるかと緊張していたなぁ」
と、昔を思い出してそんな感想が出た。
稲生が言うように桂の寝室に誘われた記憶はあるが、その時の細かいことはもう覚えていない。
桂との間の出来事は松尾の宮で全て焼き切って帰ってきた。
今は、生まれたばかりの娘と息子、そして妻との生活と都を離れていた間の仕事を取り戻すために務めるだけだ。
伊佐に行く前と同じに戻ったかというと、そうとは言えない。
芹が子供を宿したことをすぐに言わなかったのは、淳奈の次に出来た子が流れてしまって、今回も生まれて来るまで安心できないから言わなかったのだろう、と実津瀬は芹の気持ちを代弁したように話したが、芹の本当の気持ちは別のところにあったかもしれない。
そこには桂に言われるがまま従う夫への不信感から、実津瀬に聞かせれば喜ぶ話だからこそ口をつぐんだのかもしれない。
夫婦の間に入った深い溝を埋めるべく尽くさなければならない。
過剰に芹に気を遣うことはないが、伊佐に行く前以上に芹を思いやることを忘れない。
芹を失うわけにはいかないのだから。
実津瀬はこれからも自分の大切なものを守って行くだけである。
この宮に来るのもこれを最後に控えようと思った。
この宮もこの宮の主人も実津瀬に拘らせる存在ではないただの過去である。

「最近、蓮を見ないね」
実津瀬が芹に尋ねた。実津瀬は出かける用意をして、芹はそれを手伝っている。
「そうね、お母さまはやはり景之亮殿のお子たちの世話でこちらには来られないのではと言われていたわ」
「そうかい。楽しくやっているのならそれでよい」
実津瀬はそう言って、父実言と共に本家に行く用事があるため出掛けて行った。
その頃母屋でも実津瀬と芹と同じような会話が行われていた。
「今日は、蓮姉さま来るかしら?」
珊が独り言のように言った。
母の礼の部屋で薬草を合わせる作業を手伝っているときだった。
「どうかしらね。前に来たときは写本が出来上がるから近々持ってくると言っていたのだけれど来ないわね」
と礼は返事した。
「そこの箱を貸してちょうだい」
珊は目の前に桂皮と書かれた箱を母に手渡した。
「寂しそうね」
母は横目で珊を見て言った。
榧が突然いなくなり、蓮も結婚して五条の邸を出て行ってしまった。やはり珊は、急に姉たちがいなくなったことは心の準備ができておらず寂しさを感じていた。
「あなたも近いうちにここを出て行くのかしら?夫になる人に通ってもらってもいいのだけど、うちは皆夫の邸に入っているから、あなたもそうなってしまうかしらね。私はここにいてくれても構わないのだけど」
と言った。結婚したら夫が妻の家に通うことが多いが、五条岩城の男は妻を自邸に入れてしまうので礼はそう言った。
珊は齢十五になった。母の礼を助けてくれるよく気のつく、気配りのできる女人になった。縁談の話もちらほらあるが、珊は乗り気ではない。
「私は……まだここに、お母さまとお父さまの元にいたいです」
「まぁ、嬉しいわ。あなたの気持ちが一番よ、無理は言わないわ」
礼は本当に嬉しそうな声で言った。
二人の娘が急に邸から出て行って寂しく思うのは同じだった。
そこへ簀子縁の奥から慌ただしい足音が聞こえた。
「あー、もっと早く来ようと思っていたのに遅くなったわ」
と蓮の声がした。
「あら、噂をすれば現れるものね」
礼が言った。
「お母さま!珊!」
部屋に入ってきた蓮は元気よく言った。
「良いお天気ね!暑くてここまで来るのが大変だったわ」
「あら、蓮。久しぶりね。あなたは亘殿や由豆流殿のお世話で忙しいのではないの」
「ふー。確かに亘や由豆流のお世話もあるけれど、最近は体の具合が悪い時があって、ここまで来られなかったの。これをまずお母さまに渡しておかないと」
蓮は侍女の曜に持たせた包みから写本を取り出して母の前に置いた。
そこへ蓮が来たと聞いて芹が慌てて母屋にやって来た。二人は簡単に挨拶をして、用意された円座に座った。
「体調が悪いって?どうしたの?あなたなんだか痩せたみたい」
母は娘の姿をまじまじと見た。
「本当……姉さま、なんだか痩せられたわ」
珊の言葉に芹も頷いた。
蓮は自分の頬に手をやって言った。
「ああ、食事が欲しくなくてあまり食べていないの。眠たい日も多くて、脇息に寄りかかって眠ってしまうこともあるわ」
その言葉に、礼と芹は顔を見合わせた。
「蓮、それは……」
母の礼が言葉を紡いだ。
「もしかして………あなた、お腹に子が?」
「………えっ……ええっ!」
母が何を言おうとしているのかすぐには分からなかった、蓮はじんわりとその言わんとすることがわかって大きな声を上げた。
これは間違いないと礼と芹は頷いた。
「私………」
と言って蓮は絶句した。
確かにもう随分と月のものが来ていないことに気づいた。
「本当………?」
蓮は母の手を取って抱き合った。

蓮は五条から帰ると、景之亮が帰って来るのを静かに待っていた。
こんな日に限って景之亮は夕方まで仕事をしている。
「お母さま……お父さま遅いね」
亘が褥で上体を起こしている蓮に向かって言った。
「ええそうね」
帰って来るなり横になった蓮をとても心配している亘は侍女の曜や丸と一緒に蓮の隣に座っている。
言葉に出さずともその小さな心を痛めて心配してくれていることがわかるので、蓮は褥の上に亘を上げてその手を握った。
そうしていると奥の方からゆっくりとした足音が聞こえた。
「あ、父さまだ!」
耳ざとい亘が顔を上げて、蓮の手を離して簀子縁へと走り出ていった。
しばらくすると簀子縁の板が大きく鳴って庇の間に亘を抱いた景之亮の大きな体が現れた。
「蓮、どうしたの?亘がお母さまは寝ていると言っているけど……」
褥の上にいる蓮を見て、景之亮はぎょっとなった。
「どうしたの?蓮……。丸から体調が良くない日があるとは聞いていたけど、そんなに酷いのかい」
景之亮はすぐに蓮のそばに膝をついて尋ねた。
曜と丸は景之亮が座ると同時に立ち上がって、景之亮の手を離れた亘を連れて部屋から出て行った。
そんな様子も目には入らないほど蓮を心配している景之亮は蓮の手を握った。
「いいえ、景之亮様……私は……病気ではないのです。それはお母さまにも診てもらいましたから」
蓮は逆に景之亮の手を引き寄せて耳に口を近づけた。
「景之亮様……私……お腹に」
蓮の囁く言葉に景之亮は目を見張り、蓮を抱きしめた。
「………蓮、こんな嬉しいことはないよ。蓮!」
その時、景之亮の目には涙が浮かんでいた。
こんな結果が得られるなんて先のことはわからないものだ、と蓮と景之亮は笑って語らった。
その年の冬、蓮は女の赤さまを産んだ。

終

この物語は終わりです。長い間お付き合いくださりありがとうございました。

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