New Romantics 第ニ部STAY(STAY GOLD) 第九章27

小説 STAY(STAY DOLD)

 桂たちは伊佐の手前の松尾という土地に落ち着いた。
 桂の周りには斎王に仕えるために群行で都から桂と一緒にここまで来た者たちとこの地で斎王の世話をする者たちなど仕える人は足りているのだが、桂は実津瀬を手放さない。
 松尾に着いた翌日に実津瀬は桂に都に帰ることを願った。しかし、桂は許さない。実津瀬は諦めることなく、何度も機会を作って言った。
「桂様、私の役目は終わったはずです。どうか、帰京をお許しください」
「しつこいな、実津瀬。そなたはまだ返さない。私が斎王の宮に入るまではそばにいるのだ。こんな旅はこれより前もこれから先もないだろう。この経験を楽しめ」
 桂は凄んで言った後はけらけらと笑った。しかし、実津瀬は拝み倒して都に帰るつもりだった。
 松尾の宮に入って三日目。
 明日、群行した者たちが都に帰るために出発するので、実津瀬は桂にその者たちと一緒に都に帰ること許可して欲しいと懇願したが却下された。
 こうなれば黙って帰ってしまおうかと思ったが、これまでの桂との関わりを思うとそんなことはとてもできるわけはない。正面から立ち向かって桂の許しを得るしかない。
 その夜、都に戻る者たちとの別れを惜しみ、ささやかな宴が催された。
 案の定、桂は実津瀬に宴で舞うことを言いつけた。この松尾には笛や琵琶を奏でられる者がいて、舞のための衣装まであった。実津瀬はそれを着て、音楽に合わせて舞った。
 桂は松尾に到着するとすぐに斎王の宮に仕える官人や女官たちと対面して挨拶を受けて、宮の中を見て周り、すでに届いている荷物を開けて、整理をするなど、忙しくしていたので、この別れの宴が桂にとって、松尾での最初の音楽と舞を味わう場になった。たいそう嬉しそうに実津瀬の舞を見つめていた。
 翌朝早くに群行でここまで来てすぐに都に帰る者、前の斎王の宮での勤務を終えて一緒に帰る者たち一行が都に向かって出発した。実津瀬は一緒に斎王の護衛をした飛騨理若麿と別れを惜しんだ。飛騨理が馬に乗った後、実津瀬は手紙を託した。父に宛てた短い内容の手紙である。
 順調にいけば五泊六日で都に辿り着けるが、今回都からここまで来るのに色々と困難があった。必ずしも楽な道のりではないと身をもって見てきた。見送る者たちは皆、安全を祈り笑顔、涙で手を振って出発する者たちを送り出した。
 実津瀬も同じように手を上げて大きく振って、都に帰る一行の最後の一人が門の外を出て行っても背中が見えなくなるまで見送っていた。同じように見送っていた者たちは最後の一人が門を出たところで、一人二人と立ち去って誰もいなくなっていた。
 そこへ後ろから声をかけられて実津瀬は振り向いた。
「桂様がお呼びです」
 桂についている女官が立っていた。
「すぐに行きます」
 実津瀬は返事をしたが、すぐに体を動かさなかった。
 帰京を許してもらえなかったことが、実津瀬の動きを鈍らせる。都に帰って行く者たちの後ろ姿を見ていると改めて絶望的な気持ちになる。
 できるだけ早く都に帰るために、桂に働きかけないといけない。 
 実津瀬は邸の方に振り返って、のろのろと桂のいる部屋へと向かった。
「桂様、よろしいでしょうか」
「よい、入れ」
 実津瀬が部屋に入ると、脇息に寄りかかって座っている桂がいた。
「お呼びとのことですが、何かございましたか」
「何もない。都に戻る者たちがいなくなればそなたも暇だろう。そうであれば私の相手をすればいいと思ってな」
 実津瀬は桂の前に座って言った。
「どのようなことをしましょうか!」
 桂を見返す実津瀬は投げやりな気持ちが鋭い語気になった。
「ふん。この宮を見て回りたい。付き添っておくれ」
 実津瀬の苛立つ気持ちが伝わったようで、桂の声は幾分尊大さを引っ込めた。
「はい。もちろんです」
 実津瀬も自分の声が無礼であることに気づき、すぐに従順な声音で返事した。
 それでももうひと月もすれば桂は斎宮の宮に入り、実津瀬は都に帰れるものと思っていたが、現実にはそうはいかなかった。
 松尾に来るまで実津瀬は知らされていなかったが、桂は都を離れる直前に大王に斎王の交代は来年と約束させていた。なんとも突拍子もない条件を言ったものであるが、大王はこの条件をのんだ。だから桂は焦って斎宮の宮に入ろうとはせず、まずはこの松尾でゆっくりと鄙びた地方の生活に慣れるつもりなのだ。その間の斎王の務めは引き続き今の斎王が行うことになっている。
 だから桂はこの松尾で呑気に遊んでいる。
 それに付き合わされている実津瀬だが、天はさらに実津瀬に試練を与えたいようで、夏の暑い日が続いた後に台風が訪れて、木を薙ぎ倒巣ほどの強風が吹き、大水を降らせた。
 斎王の宮もここ松尾の宮も使用人たちが住まう棟の屋根が飛ばされたり、庭の木が倒れたりと被害を受けた。
 都と伊佐を結ぶ道もこの台風で通行が容易にできなくなった。それは宮廷からの文書を持った使者が五泊六日の群行の道を通れなくなっているため、大回りして険しい山を越えてここまで辿り着いたことで知れた。
 実津瀬は諦めず事あるごとに桂に帰京の許しを願っていたが、この災害で帰る道が通れなくなり、願いは閉ざされてしまった。
「実津瀬、まだもう少しここで過ごせということだ。今、ここは人手が必要だ」
 その状況を桂はそう言って笑った。
 桂は実津瀬が都に返してくれと何度も唱えるように言うのは煩わしいはずであるが遠ざけることはせず、却下を無下に、時には皮肉を交えて告げるのだった。
 嵐の被害である大木が折れて棟に寄りかかっているのを男たちが縄を掛けて力を合わせて引っ張り、安全なところに移動させ、枝を鋸で切り落としている様子を見ていたら、実津瀬も自然とその中に入って何かできないかと申し出ていた。
 そんなことをしていたら、季節は冬を目の前にしていた。
 実津瀬は松尾から都に帰る一団に父に向けて手紙を託したが、それ以降は手紙を届けることはできていない。
 五条はどうだろうか……。皆元気だろうか。芹は……どう思っているだろう……。
 実津瀬は松尾の宮の屋根の修理をしているそばで、その様子を見て書類を作る仕事をしながらその日の晴れ渡った空を見上げて思った。
 桂のわがままぶりを見て、宮廷の斎王を司っている部署の役人たちや王宮の役人たちの苦労を想像した。交代のために次の斎王が松尾の宮にいるのに、今斎王の宮にいる斎王を宥めて今年いっぱいその役目をしてもらうのは大変なことだっただろう。
 桂が今年は役目につかないと言い出したのは、都を出発する前日だった。唐突でまた許し難い桂の申し出だったが大王はのんだ。本来なら、自分の妹が斎王となるはずだったのに、母の反対で桂が無理矢理選出されたからだ。桂にそのことをつつかれたくない大王は桂の申し出を許したのだ。
 大王に自分の要求をのませた桂はだからと言って、その間を遊んで暮らそうとは考えてはおらず、松尾の宮で神妙に斎王の勤めを果たすために斎王に仕える官人から講義を受けて勉強している。
 その日の午前中は斎王の宮から来た官人に講義を受けて勉強に勤しんだ後、午後から実津瀬を呼んだ。実津瀬は午前中から屋敷の修繕のための書類を作っていたが、桂が呼んでいると聞いて、すぐに仕事を終わらせて桂の部屋に向かった。
「お呼びですか?」
「うん。暇だから、相手をしておくれ」
 桂は甘えた声を出した。部屋でじっとしておくのは嫌だと桂が言うので、二人は庭に出て秋の花を探すことにした。
「午前中は何をなさっていたのですか?」
 実津瀬が訊ねた。
「斎王の役目について教えてもらっていた」
「どうでしたか」
「祈ってばかりで退屈だ。都でのような生活はできないことはわかった」
「そうですね」
「もう、都のような生活はできないかと思うと頭がくらくらする」
「ええ、斎王のうちは都での生活はできないでしょうけど、いつかはその夢は叶いますよ」
 桂が都に帰るのは大王が交代する時である。それは、大王の死を指すものなので、実津瀬は直接的な言葉を避けた。
「ふん。そんな不確かな先のことを言われても知らんわ。慰めにもならない」
 桂は鼻を鳴らし言った。
「私を慰めることができるのはそなたしかいないとわかっているだろうに」
 桂は半歩後ろを歩いてくる実津瀬に顔を向けて、横目に見た。
 実津瀬は桂の視線を避けることなく、真顔で返事した。
「私にそのような力はありません」
「そなたの力の話ではない。そなたの私への気持ちの話だ」
 と秋波を送った。
 今の桂は何かあれば実津瀬に自分たちの仲を迫ってくる。実津瀬はいつも明後日の方向を向いてかわしてきた。
  今日も実津瀬いつものようにはぐらかそうと思った。
「ここに来て四月が経った。そなたも一人寝は飽きただろう。この土地の女を相手にするくらいなら、私の相手になってくれてもいいではないか」
 桂が言った。
「何をおっしゃいますか。桂様の御身はこれから神に仕える大切なお体です」
「斎王の宮に入ったら、慎みを持って生活するつもりだ。だがそれまでは大目に見てくれてもいいだろう。………何といっても私は岩城一族にいいようにされているのだから。そなたくらい私に寄り添ってくれてもいいだろう。私は慰めて欲しいのだ。心もそして、体も」
 そう言って艶かしい視線を送る。
「それはまた違う話です」
 実津瀬は言って、桂を追い越して歩いて行った。
 都でも桂に何度も誘われておたが断ってきた。桂はそれを本気で怒ったりせず、諦めないのが桂である。
 実津瀬はわかっている。桂は岩城一族に復讐しているのだ。王族の中に一族の血筋を入れて、思い通りにしようとする岩城一族に飲まされる煮え湯に耐え忍び、その代わりに実津瀬を人身御供にして鬱憤を晴らしている。
 実津瀬もそれはわかっている。だから、何を言われても実津瀬自身も本気で怒りを覚えることはない。桂の気持ちを推し測っている。
「ふん。勉強勉強と言って話を聞いてばかりで疲れた。今夜は舞を見せてくれ」
 桂は言った。
「はい」
 実津瀬は素直に返事をし、その夜、桂の食事が始まる前に音楽に合わせて舞を舞った。桂は女官や侍女たちといっときでも都にいるような気持ちになった。
「やはりそなたに来てもらってよかった。そなたの舞が私を慰めてくれる」
 桂は笑顔で言って、その夜はあっさりと実津瀬を部屋から下がらせた。

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